トッ……トッ……トッ……

(……? 何……?)

トッ……トッ……トッ……

まどろみの中、遠くから何やら音が聞こえてくるような気がして、目が覚めた。あまりに疲れていたのか……特に気にすることも無く、再び眠りに落ちる……。

――

――

――

(……んー……眩しっ……)

朝。射し込んでくる、眩しい日差し。暗闇の世界から一気に日常に引き戻されるように、わたしは目を覚ます。

(……あー……朝かー……)

「良く寝たな」という感覚と共に、わたしはぐーっと布団に寝たまま、伸びをする。

(……?)

「わーーーー!!!」
枕の真横にある「何か」に、わたしはびっくりして大声を出した。

「何? 何?」
キッチンから春おばちゃんが飛び込むように和室へと入ってくる。

「何? どうしたの」
「えっ……? あ、これ……」
「あははは!! 良かったねー、雪乃ちゃん」
「えっ? 良かった……?」
「そう! プレゼント貰えたんだねー」

わたしの枕元には、カエルとバッタが……置いてあった。目に入った時、瞬間的に声を出してしまった。猫たちも「何だ何だ」と言わんばかりに、和室の隅からじーっとわたしを見つめている。

「これ、この子達からだよ」
「……え? この子達が持ってきたの?」
「そう。好きな人へのプレゼントみたいよ?」
「えー……」
「きっと、雪乃ちゃんのために……深夜、外に出て獲ってきたんだろうねー」
「あ……お風呂場から……」
「そう。頑張って獲ってきたんだよ。お礼言っとくと良いよ」

おばちゃんは、くるりと向きを変えキッチンへと戻っていく。

わたしは猫たちの方にちらりと目を向ける。
「……あなた達が、くれたの?」
「にゃあーん!」
わたしの言葉が分かっているのかのように、ハチくんが返事をする。

「……ありがとね」
「にゃー!」
「カエル……初めてだったから……びっくりしちゃったよ?」
「にゃっ!」
猫たちに近づき、優しく頭を撫でた。

とっても嬉しそうに目を細めながら、グルグルグル……と喉を鳴らしている。猫からプレゼントを貰うなんて思ってもいなかったから……何だか嬉しかった。

(ほんと……人間みたいじゃん……)

「じゃ、私が働いているトコ、行こうか」
朝ごはんを食べ終わると、おばちゃんは職場に向かうために準備を始めた。猫たちも窓際で3匹仲良く、ガツガツと朝ごはんに夢中になっている。

「えっ? 今日って仕事なの?」
「ううん? 休みだよ。買い物よ、買い物」
「へぇ……自分の働いてるとこに、買い物に行くんだ」
「まぁ、雪乃ちゃんに見てもらおうかなってのも、あるんだけどね」

玄関を開けて外に出ると、ふわっと涼しい風が顔を撫でていく。新幹線を降りた時の湿度を、ここではあまり感じない。

「この辺ってさ、あまり湿気が無いよね」
「九州の方でも山の方だからじゃないかな」
シートベルトを締めながら、おばちゃんは教えてくれた。

「じゃ、行くよ」
バックで砂利道を少し下がり、向きを変えてゆっくりとスピードを上げていく。

「結構かかるの?」
「うーん……20分くらいかな」
「へぇ……車が無いと、どこも行けないね」
「そうね。私、向こうで免許無かったからね」
「えっ! どうしたの?」
「そりゃ取ったよ? ……こっち来てから」
明るく笑いながら、当時の話をしてくれた。

「最初は……無い無い尽くしだったから」
「本当に、いきなり来たんだ」
「そうね……あのまま向こうにいたら、たぶん廃人になってたと思う」
「……そっか」
「今から行く所、農業やってるのよ。そういう人、多いんだけどね」
「農業……」
「そ。環境に優しい農業。本も出版してる」
「えー……凄い人じゃん!」
「凄いかどうかは、分からないけどね」

「農業」と聞いて、わたしの頭の中には白い頭巾を被った90歳くらのおばあちゃんの顔しか浮かんでこない。

「畑の横で、取れた野菜やお米を使って、レストランもしてる」
「へぇー……」
「私、たまたま出会えたから……働かせてもらってるのよ」
「そうなんだ」
「タイミングが良かったんだよね」
「ふぅーん……」
「毎日、土を触ってるとね、元気になるんだよ」
「……土」
「大自然だし。でも大きい街まで行きたければ、車で1時間くらいで行けるし。こういう場所の方が合ってたみたいだね。私は」
「活き活きしてるもんね。おばちゃん」
「でしょー?」
おばちゃんが大変だったなんて……ウソみたいに元気に見える。

ただでさえ、田舎なのに……窓の外を見ると、360度の緑。小高い山に囲まれた道を更に奥へと進む。

「そろそろ着くよ」
こんな場所にレストランがあるのかなと思っていると、おばちゃんは細い道を右へと曲がった。目の前には一気に開けた景色が広がり……お店と小さなレストランの姿。

「えー……広いねー……」
広大な土地。目を凝らして見てみると、何人かの人が農作業をしている。わたしのイメージとは全然違って、みんな若く見えた。

『めじろ』
お店の前に書いてる看板。きっとお店の名前なんだろう。

「さ、入ろうか」
おばちゃんは車をお店の裏側に止めて、入口へと向かう。3台ほど車が止まっているから、お客さんもいるみたいだった。