〜〜〜チューブ〜〜〜
{筒状の中を滑る憧れの波。怪我をするリスクも高い。}


am10:00 〜〜現在〜〜


 仁兄の告白から3日過ぎた。
千葉から湘南へ移動中、電車に揺られながら考えてる。
今朝もだし、毎日、海に入りながら考えた事。

仁兄と店の奥でキスをした後、男と付き合った事あるのか聞かれた。

それがなんだって?
何が重要?

仁兄は?って聞けばよかった。
それが何?って言い返せばよかった。

5歳下の小さなプライドが引っかかって何も言えなかった。…男と付き合った事なんて無いよ。女の子とは
何度か付き合った事あるけど…。

俺が仁兄を抱けたら…

仁兄の部屋で、キスで感じた欲求を仁兄にぶつけられたら…
比べて悪いけど、今までの行為とは比べものにならないのは分かる…

だって、仁兄なんだから。

…そんな相手に、告白されたんだよ。

真剣に考えてって言われたから、すぐに返事出来なかったけど、まぁ…あの場で言わなかった分…俺なりに真摯にカッコ良く、告白し返してやりたい。
…自分が愛されてるとは全く思ってないような、心細い、悲しげな告白だったから…
思い知らせてやりたい。


 大会は4日後。
それまで本当なら湘南には戻らないのに、逢いたくて…電車に乗った。

恋愛関係でこれから過ごしたい。
俺もそう思うけど……俺は遠くに…?
確かに夢を追いかけるには何処でどうするべきか考えさせられる。
だからって、前みたいに何年も仁兄と離れて寂しい思いをするより……

仁兄に良く考えてって言われた。
確かに、良く考えないで自分がしたいように進む俺。

仁兄と俺の事。
仁兄に対する俺の気持ち。
沢山、真剣に…
逢いに行くけど…
答え…俺の気持ち伝わるかな。
もし、きちんと言って伝わらなかったら…

身体で伝えてやる。どれ程かって。


LINEで何処にいるか聞いたら、今日は仕事で都内にいると返って来た。

…悩む所…今日会う事は諦めるか…

『明日か明後日…会える日ある?』送信。

受信、『ゴメン、無い。』

…無いなんて返信が来ても俺は引き下がらない。
避けてる、よな。気まずいとか思ってるのかな。
余計無理してでも会う気になった。

『今向かってて
そっちに行きたいんだけど、どこ?』 送信。

だいぶ遅れて返ってきた返事は、オシャレな駅にある飲食店のmapと、『お昼には着くかな?ここでお昼食べよう。』受信。

着いた先はやっぱりオシャレな店で、美味しそうなメニューが並び何を頼むか迷う。

「ここでステーキを仁先輩とよく食べるんです」

…なぜか店にも来た事のある、後輩で仕事の代表?の南さんもいて悩む俺に話しかけてきた。

「…俺ハンバーグにします」

「そう、ハンバーグも人気ですよね、仁先輩」

「え、あ、うん」

…仁兄は変な感じだし。俺に気まずくなってるって事なのか…?あまり目を合わせてくれない。

「仁兄が仕事終わるの何時ですか?」

南さんに確認する。

「えー…何時だ…仁先輩によりますね。
頼んだのが終わったら帰って貰って平気ですし」

「明日明後日もここで仕事ですか?
もしかして泊まりで?」

「あぁ…そういう案もありますね」

ダメだ。南さんに聞いても何か勘付いて仁兄の為にあやふやにされてる。

「仁兄。俺、今日仕事終わるまで待ってるから」

逃げられないようにクギをさす。

これ以上南さんに変な仁兄を見せなくない。
…いつも自信満々なくせに、そんなにおどおどして可愛くなって…弱ってる素振り…すぐ他の人、南さんみたいな人に付け込まれそうで危険。

「うん…。南、ゴメン。
今日はこれ食べたら帰るよ」

「…わかりました」


ホントに危険で困る。これまでもそうだったのかな。何かで落ち込んだ様な度にあんなに弱々しく可愛くなってたら、周りの男たちが絶対ちょっかい出してたはず。
きっとそうだ。
仁兄は男と付き合った事、ありそうだし、抱かれた事もあるかも…。

この何年も離れてて…想像しただけでイライラする。

今、仁兄に変な男が付いて無いだけマシなのかもしれないけど…
5歳も離れてるけど、今なら俺がどうにか……


一旦事務所に戻った仁兄をそのマンションの前で待っていると、とぼとぼ歩いて降りて来た。

「仁兄!もっとシャンとして!」

断然俺の動きが速いから、仁兄を迎えるように肩を抱き寄せ、近づいた顔の表情を確認する。
すぐ目を逸らされたけど、頬や耳が赤い。…血色良いから具合悪くはないかな。

「あ?ああ。シャンと?
元気だよ…?夏バテにでも見える?」

肩から首をマッサージしたりして自然に回した手を仁兄から離さず、2人ゆっくり駅に向かう。

「…さっき肉残してたじゃん。
ちゃんと食べないと!細いんだから倒れるよ?」

「…そんなヤワじゃない。
グウに細いとか言われるとは…」

「細すぎでしょ。
モデルの仕事で維持しなきゃいけないの?」

「まぁ…それもあるけど」

駅までの道、遊歩道のような感じで夏休みだし歩いてる人達が多い。くっ付いて歩いても変に見られない。

「…ねぇ、今から一緒に仁兄の家行っていいよね?」

「…いいけど…この腕退けて。
僕にこれ以上期待させないで」

街の喧騒でギリギリ聞こえる程度の声。

この腕で、仁兄は期待するのか?
首元に置いた手に、更に力を入れて離れないように歩いた。


混み合う電車の中でも仁兄に、何処か触れ続けた。
一緒にいるのに、話し合えないもどかしさ。
…けど…耳や髪や顔…腕や肩や脚…言葉は無くても見つめて触れると、仁兄が諦めたように少し笑う。
分かって欲しい。
期待して欲しい。
それ以上に俺は仁兄が好きだから大丈夫。

電車に乗る人も次第に減り、会話も少ししやすくなる。

「…お前、17のくせに。
チョー慣れてる感じなんですけど…」

「?何が?」

そう言って、隣に座る仁兄の手に俺の手を絡めた。
絡めた手を解こうとする仁兄。

「こういう事だよっ、さっきから触って来るし…
彼女にするみたいに…視線も行動も甘いんだよっ」

絡めた手に力を入れて、離さない。

「…離せよ……期待するぞ?」

「どうぞ。そのつもりだから」

力を目一杯込める。仁兄は顔を赤くしてそっぽを向き、肩を落としてため息を吐いた。

「…南がお前の事、今日は
僕を狙うオスにしか見えないって…」

「はぁ…まぁ合ってるけども。
バレてるんだね。オス……か…」

「…あ、バカにしてる訳じゃ無いよ?
この前より自分と一緒のオスっ気だとか何とか…」

「…ほら、仁兄狙われてる」

「……あー…けど…初めから断ってるし…
グウの事、この前は否定したけど
…さっきは認めて来たんだよ……」

「ちょっと待って。ホントあの人危険。
仁兄、あんまり会わないで。
仕事でしょうがなく会うにしても、絶対俺の事…
どんなに俺がダメダメな歳下の男って思っても、
あの人に相談とかしないで」

「ふふっっ。ダメダメな歳下の男?」

「……うん。幼馴染ってだけで…
仁兄に可愛がられてるようなもんでしょ…俺…」

「…幼馴染だから、グウの性格とか、
考え方とか、感覚とか、昔から知ってて
…全部が…好きだけど」

不意打ちの言葉と、不意打ちで交じる視線の瞳。
思考が止まったから時間が止まったみたいだった。

この車両に誰も乗っていなかったら絶対キスしてた。

窓から海も見えてきたけど、仁兄の家まであと何十分…?

カッコ良く告白仕返す筈が仁兄の言葉に思い切りやられて、普通の会話も疎かになる。

…頭の中が『仁兄好き』しか浮かばなくなってしまったから…





〜〜〜3年前〜〜〜


 2人きりで会うなんて…僕の高校合格を父が報告したらしく、ご飯を食べようと誘われた。デートみたいな事、初めてな気がした。

場所なんて、見慣れた海沿いのファミレスでも全然良かったし、味も…良く分からない程、本当に久しぶりに会った事で少し緊張すらしていた。

仁兄が載った雑誌が学校で回ってくる時もあったし、友達とコンビニで立ち読みしては仁兄の記事を見て嬉しい気持ちと悲しい気持ちに陥っていた。
幼馴染なのに遠い存在になってしまった本人が目の前にいる。

「友達かな?…彼女…かな?付き合ってるの?」

偶然入って来た友達と、少し前に告白されて付き合いだした彼女。サラッと気付いて普通にしてる。

…俺に、彼女がいても全然平気なんだな。
そうだよな、仁兄だって彼女いた時あるもんな…

いつからこんなに距離が出来ちゃったんだろう。
言いたい事が言えなくなった。

『仁兄はもう海入らないの?』

『なんでもっと連絡くれないの?』

『今、付き合ってる人はいるの?』

あげればキリが無いけど忙しい仁兄に言っても困らせるだけし、こうして俺に会おうとしてくれただけでも喜ばなくては…。

合格のお祝いにと、丁寧に包装された小さな箱を渡された。
ここ何年かは誕生日のプレゼント交換もしていなかったから、素直にとても嬉しかった。

けど、会ったのに…
1年ぶりくらいに会えたのに…

頭を撫でられる事も無く、肩や首…
何処にも触れられずに別れたのは初めてだった。