Excalibur

 キンコンカンコン――。長閑なチャイムの音が校内に響きわたる。
 退屈な日常が始まった。取り合えずジュンは学校に通う事にした。
 現代に戻ってきてからは特にやる事もなく、暇を持て余していた。
「……」
 あの夜、ジオフロントから帰還した地上での時間軸は現代だった。
 他メンバーは行方が解らず、結局コズエとも別れて散会となった。
「……」
 当然ながらあれ以降は、カミュとの二人暮らしの生活が始まった。
 カミュは料理も面倒臭がり、家事全般は自ずとジュンがしていた。
「……」
 やる事を探して何か始めなくては、神霊力もろとも衰える一方だ。
 好きで受肉した訳ではない。だが、天界上部からの命令は絶対だ。

 ピッ、ガー……。
 とある昼下がりの校舎裏で、ジュンはガジェット通信をしていた。
『いい? ジュン、貴方には、天界上部より託された使命がある』
「……つたってよ、ミシェット。先ず何からやりゃーいーんだよ」
 虚空に映し出された小型ミシェットが、怪訝そうな顔で講釈する。
『日常に紛れ込むの。それが先ず一番先にやるべき事よ。解る?』
「だからアパートも間借りしたし、学校にもこーして来てンだろ」
 雑用も嵩めば、不貞腐れた物言いもしたくなろうというもの――。
『人の話を聞きなさい。二番目に貴方が成すべきは隠密。諜報よ』
 隠密――。行方知れずのジャッカルが得意としていた諜報活動だ。
 人間界に紛れ込み、受肉体である他の神格者達の行動を密偵する。
 天界人・地底人・地球外生命体・その他……。標的は多岐に亘る。

『諜報を制するモノがこの世を制する。その理由は解るわよね?』
「あぁ。でもよ、俺にサンダーの代替えなンて務まるモンかね?」
 彼の様に上手くできる訳もなければ、端から期待もされていない。
 単純に人手が足りないからって不慣れ役の無理強いも如何な物か。
『貴方だからこそでしょ? 神霊力は天界の誰より強い。適任よ』
「チッ。噛みつかねェからって安っぽく扱き使いやがってよ……」
 不貞腐れたジュンの傲慢な態度が、ミシェットの癪に障った様だ。
『いい加減になさい! 貴方がやらなきゃ、誰が犠牲になるの?』
「ッ? …………だよなァ…………どうにも……」
 観念して溜め息を漏らすジュン。反論して聞く様な上部ではない。
『投げやりな態度は後になさいっ。諜報立案は天界でやるから!』
「俺はさしずめ斥候、及び工作員ってか。人使い荒すぎだろ……」
 納得はいかない。ジュン当人にメリットらしいメリットは皆無だ。
 見返りを求めるのもどうかと解ってはいるが、……腑に落ちない。
『貴方の使命は天界の保安維持と神位向上でしょ? 忘れたの?』
「……忘れてはいませんよ。ですけれど――……」
 プルルル――ッ。タイミング良くミシェットの非常用端末が鳴る。
『けれど何? 時間が無いわ。手短に済ませない』
「内緒。金を振り込んでくれたら、続きを言うよ」
 仕送りは天界口座からの端金で極貧暮らしを余儀なくされていた。
 カップ麺に缶詰。カミュもジャンクフード漬けで最近肥えてきた。
「俺ら、あんたらが目的達成する前に、体調崩しておじゃんだわ」
『いい加減になさいっ! 最低月十万振り込んでいるじゃない!』
「……足りない……円安過ぎて足りないンですよ。……ご慈悲を」
『時間よ、ジュン。また追って連絡します。活動を続けて下さい』
 プ――……。一方的に捲し立てて切れるガジェット通信。基本だ。



 ざわざわ――。クラスが賑やかで騒がしい。昼休みに入った様だ。
「きゃーきゃーっ♡」
 色めき立ったケバめの女子共が早速ジュンのもとに群がって来た。
「ねーねー。あそぼーぜーいっ」
「……眠いんだ。静かに頼むぜ」
「ヒューヒュー。熱い熱いよー」
「……だから静かにしろってば」
「写メ撮って載っけちゃおーぅ」
 パシャパシャ――ッ。
 カメラのシャッター音を浴びて、ジュンは徐に机から顔を上げる。
「静かにしろッつッてンだろ?」
 メキィ――ッ。
 座っていた金属製の椅子足を持ち上げ、ぐにゃりと曲げるジュン。
 今はカミュに神霊力(オーラ)を返して貰い、自在に力が出せる。
「きゃーっ! かぁくいいーっ」
「すっごーい。もぅメロメロ~」
「わぁ。どやってやったのぉ? ふぅ~しぎぃ~♪」
 ギャーギャー。クラス内を満たしていた黄色い喚声が大きくなる。
 呆然と立ち尽くすも束の間、ジュンの怒りは静かに沸点を超えた。
「……ッ」
 ゴトン。床面に曲げた椅子をそっと転がし、ジュンは教室を出る。
「えぇ~? ちょぉっと待ってよぉ~ぅ」
「あっついあっつい、ヒューヒューだよ」
「うぇーい。ひゅーひゅー! ぎゃはは」
「……くッ」
 ダダ――ッ。
 悪乗りを加速させる背後の喧噪から逃れる様に廊下を走るジュン。
 毎度ながら逃亡者になった気分だ。これでは隠密どころではない。