Excalibur



 プシュゥゥ――……。ガタンガタン――……。
『――列車ガマイリマス』
 相変わらず一本調子なマイクアナウンスが構内に展開されている。
「しかし……腑に落ちねェな」
 だが、総てを木崎という男の仕業だと決めつけるのも問題がある。
 他にも不確定要素が同時多発的に起きていると捉えた方が無難だ。
「……ミシェット。サンダーから他に何か聞いていなかったか?」
「サンダーから?」
「何でもいィんだがよ。ほら。アイツ、譫言言う癖あったよな?」
「……そぅねぇ……」
 ホログラムの公爵令嬢風少女が、暫しの沈黙を経て徐に口を開く。
「うわ言って程でもないのかも。ただ最近デジャヴが増えたって」
「……デジャヴ?」
 既視感――。実際は初見だが既に何処かで覚えがあるという体験。
 自分がカミュの箱庭で抱いた感覚を、サンダーも感じていた――?
「……」
 だが、サンダーはカミュの亜空間内に閉じ込められた訳ではない。
 なら……、彼が感じていたデジャヴの根源は一体、何処から――?
「あー。それなら私も良く経験があるけれど。大抵は飛んでる時」
「お前のはさ、退屈な日常ルーティンの一般的状況って奴だろ?」
 面倒になりそうなので、手早くコズエの天然ボケをシャットする。
 今はコズエのズレた問に悠長に応えていられる状況ではない――。
「ねぇ、ジュン。私に喧嘩売ってる?」
「いやいや。……滅相も御座いやせん」
「そういう言い方。何か癪に障るなあ」
「お前、ただの被害妄想じゃねーか?」
『――キュィ。(電子音)』
(やめッ、――何しゃがるッ!)
 ガタンガタン――ッ。
 激しく揺れるAIビークル。再三のショートコントが展開される。
「二人ともいい加減にしなさい。駅の構内ではしたないですよ?」
 やんわりと諫めるミシェット。ジュンの頬は引っ掻き傷だらけだ。
「おぉ……痛てて。ったくネコじゃあるまいし」
「あんまりふざけてると、傷が増えるだけよ?」
 冷然たるコズエの罵声を浴び、怒りのボルテージを上げるジュン。
 力では勝てないものの、このまま引き下がる訳にもいかなかろう。
「へッ。……生傷が増えンのはよォ、漢の勲章ってなモンだろ?」
「――は? ねぇ貴方、最近ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?」
「無人とはいえ駅の構内よ。濫りに風紀を乱すような真似は……」
 ギャーギャーッ。――ドタン、バタンッ!
 呆れるホログラムを前に、ビークルの揺れが一段苛烈さを増した。



 一頻り悶着があった後で、仲直りの握手を交わすジュンとコズエ。
「ぁ痛てて……」
「ごめんなさい」
 ギュゥと手を握られ悶絶するジュン。力の加減を調整して欲しい。
「あのなぁ。謝りながら更に痛めつける、……まぁ基本だわな」
「は? 痛めつける、とは? 私はただ、仲直りの握手を……」
「……まぁ、そうね……」
 何を言っても無駄だった……疲弊した愛想笑いで茶を濁すジュン。
「一段落着いたかしら?」
「あぁ、……まぁな……」
 ホログラムのミシェットに顔を向けると、ジュンは眼を光らせる。
「後さミシェット、サンダーは他に何か言っていなかったか?」
「うーん……。何だか常時監視されている、みたいな事を……」
 今一つ釈然としない様子で、躊躇いがちに言葉を濁すミシェット。
「監視……されている?」
「でもね、疲労してる時って誰しもそういう感覚を抱くものよ」
「……」
 何時ぞやのカミュの亜空間内で、似た感覚に陥った事を想起する。
 ジャスティンを名乗る自分の鏡像すら、幻影だった可能性もある。
 錯覚体験を見せ続けられてきた、という点で他人事の気がしない。
「その時点で、既に何らかの術にかけられている、或いは……」
「最近時間の感覚がおかしいって頻りに言っていた気がするわ」
「――ッ?」
 続けざまのミシェットの言葉に、ジュンははっとして眼を瞠った。
「時間の……感覚……?」
 五次元世界であれば可能だろうが、現在は受肉して制約下にある。
 意識体のままでは物質世界への干渉が不十分になってしまう為だ。
「……」
 ただ三次元世界では、時間の制約下に置かれるハンディーを伴う。
 だが意識体でありながら、物質世界に干渉可能な力があれば――?
「文字通りゴーストって訳かよ……」
 危惧通りだとしても次元が違う。干渉できる力は弱い筈……だが。
 この予測を凌駕しているとなると……自分の手に負えそうもない。
「ジュン? ……何か理解ったの?」
「いや、考え事をしていただけだよ」
 場を取り繕うジュン。悪く考え過ぎか……別の可能性を模索する。