
怪盗ルパンの様に相手から堂々名乗り出てくれれば有難いのだが。
相手にそうするメリットが皆無で自己顕示欲も強くなければ――。
「まぁ普通だったら……暗礁に乗り上げるパターンだよな……?」
『キュィ?(電子音)』
微かに反応を示す電子音。独り言ちるジュンを猫の眼が注視する。
「天道衛星の映像の一括差し替え。出来ない事はないと思うけど」
「話の途中で悪いんだけれど。鑑識から照合結果が出たみたいよ」
通話応対をしていたミシェットが、強張った面相で口を差し挟む。
「……何か映っていたの?」
「お花畑が映ってたみたい」
コズエの問に、ホログラムミシェットが嘆かわし気に頭を抱えた。
「ねぇコズエ。貴女は普段パトロールの間、何を考えているの?」
『キュィ?(電子音)』
手厳しさを増したミシェットの語調に、コズエが身を硬直させる。
「フライトレコードも差し替えってか。一筋縄じゃいかねーぜッ」
事情を察知したジュンが諍いを鎮火すべく敢えて声高に釈明する。
「差し替え? ……あぁ、……」
「これ外していい? 結構重量もあるものだし。動き辛くて……」
得心するミシェットを他所に背負ったバックパックを外すコズエ。
「……おッ?」
ガシャ――ッ。
外付け式記録媒体を無造作にジュンに投げつけると、伸びをした。
「重てーだろッ! ってお前さぁ、一体何キロ担いでンだよッ!」
「だってミシェットの命令だから仕方なくって。解るでしょう?」
「ぜんっぜん俺にゃ解ンねーよッ! お前じゃねーンだからッ!」
背にはカミュ、両腕には今や重量物を抱え、怒声をあげるジュン。

プシュゥゥ――……ガタンガタン――……。
何処からともなく聞こえるマイクアナウンスがコンコースに響く。
『――列車ガマイリマス』
無人のホールのど真ん中で、ガタガタと揺れる黒塗りのビークル。
「もう! 私は人形じゃないんだからっ」
「だからって俺はゴミ箱じゃねーよッ!」
「そういえば、……フライトレコーダーで思い出した事があるわ」
「……ん?」
コズエと取っ組み合う手を休め、ジュンはミシェットの方を視る。
「昔、大型旅客機が墜落した凄惨な事故があったのだけれど……」
ミシェットの管理するバベルズタワーは過去歴一覧が一望出来る。
件の出来事により世界勢力図は刷新。英国勢が隆盛を極めてゆく。
「……あぁ、あったな、そんな事。てっきりサンダーの仕業かと」
「えぇ。関わっていたわ。正確に言うと彼だけじゃないのだけど」
サンダーが携わった諜報案件の痛ましい爪痕は今も残されている。
「……」
大天使界の決定事項とはいえ犠牲も大きくジュンは専ら不参加派。
重要な諜報立案はサンダーが率先して請負っていた記憶があった。
「あん時ァ流石の奴も、……柄になくピリピリしてたッけか……」
「えぇ。貴方達は覚えてる? あの事件で唯一生存者が居た事を」
『キュィ?(電子音)』
ジュンに馬乗りになったコズエが顔を上げ、眼をパチクリさせた。
「生存者――……」
「……あぁ、……だっけな」
燃え盛る業炎の中で、救助活動の遅延も影響してか救命率はゼロ。
その中で奇跡的に生還した男の素性は当時大々的に報道された筈。
「……良く覚えちゃねーが確かソイツ、……木崎、つたッけか?」
ただ辛うじて名前だけ。顔も年齢も、一切の素性が思い出せない。
いや思い出せないというよりは、――記憶に残らない容貌だった。
「そう。ただの人間。だけど、彼のその後の消息は不明なのよね」
「監視衛星下で補足不可。生死不明。今何処で何をしてるのか謎」
素面に戻ったコズエが低調なトークで補足する。ただ活舌は悪い。
「なンつーかさ、幽霊みてーな不気味な奴だな……」
「そうね。ゴーストと渾名して捜索を続けているわ」
「……ッ。……コイツは一筋縄じゃいかねーぞ……」
もし推論通りだとするなら、とてつもなく厄介な相手だと気付く。
監視衛星からの電波傍受に対応出来る手練れのハッカー。手強い。



