Excalibur



 プシュゥゥ――……ガタンガタン――……。
 実体を伴わない、昔懐かしのレトロ音源だけがエリア内を満たす。
『……――列車ガ到着シマス』
 ザァ――……。
 AIアナウンスが、壊れたスピーカーの様に構内に繰り返される。
『……――列車ガ到着シマス』
 リゾートエリア駅内のコンコースは奇抜なフォームを呈していた。
 搭乗ゲートは列車が来る様子もなく、ターミナルビルの姿も無い。
 カフェやワーキングスペースで賑わいをみせるのが本来の姿だが。
「……不便なんだか、逆に簡素過ぎるンだか……よく解らん」
「この子が創り出した秘密基地だから。こんなものじゃない」
 子供っぽいのも当然とばかりコズエが示唆する。従容するジュン。
「……ぐぅ~……」
 応ずるかの様にカミュが寝息を立てる。背中がずっしりと暖かい。
 ウィィィ――……。
 三人を乗せた自動AIビークルが交通ハブ内を緩やかに遊走する。
 運転席にコズエ。助手席側にカミュを担いだジュンが座っている。
「目的地なんて。どうせ無いんだろうな?」
「そうね。ただ、今の私には目的があるわ」
 ウィィィ――……。
 磨かれたタイル上の透明車線を軽快に奔る黒塗りのAIビークル。
 流線型のお洒落なコンコースの内観は近未来的で眼が休まらない。
「この構内さぁ、なんかちょっと眩しいよな?」
「そう? デートみたいで私は楽しいけれど?」
「……あぁ、かもな」
 コズエの微妙にズレた返答にも慣れた。油断するとボケそうだが。
「で、ミシェットに頼まれた要件って何?」
「ぇえ。ちょっとコレ見て欲しいんだけど」
 紺のスリムスーツのウォッチポケットから小さな端末を取り出す。
「マイクロチップか何か?」
「パッと見はね。映写機よ」
 ヴン――。空間にホログラムが投影され、馴染みある顔が現れた。
「……ミシェット?」
『お久しぶりジュン』
 艶めく金髪をお嬢様風に縦ロールした少女が親し気に語りかける。
 西洋貴族風衣装。長袖に高いウェストラインのチュニックドレス。
 スタイルの良さが際立つ。整った容姿に知的な美貌を備えている。



 声の音色は上品で落ち着きがあり、威厳と優雅さが混在している。
「ねぇ、車を止めて」
『――畏マリマシタ』
 キキィ――……。
 無人のコンコースのど真ん中で、緩やかに停車するAIビークル。
「おい、コズエの言う事は聞くのかよ」
「あら。ジュンの命令は聞かないの?」
「……聞く訳ねーだろ」
 打算的なAIを咎めるジュン。世の不条理が垣間見えた気がした。
 宙空に展開された立体ホログラムの小型ミシェットが笑っている。
「後は直接、要件を聞いてね」
「……あぁ、解った。有難う」
 懐かしさが去来する。こうしてミシェットと話すのも久方ぶりだ。
「で、俺に要件があるって、一体何?」
「えぇ。『神の裁き』の中止の件でね」
 冷然とした声の響き。淡々とした事務的な対応は何時もの彼女だ。
 天界の頃とまるで変わらない彼女の姿にジュンは安堵感を覚える。
「……やっぱり、中止になったのか?」
「未来軸がちょっと変わっちゃってね」
 特段困惑している様子はない。さっぱりした所は実に彼女らしい。
 解り易い気風の良さが、生来ミシェットの長所であり特性だった。
「……やっぱりそうか。迷惑かけたな」
 社交的に謝罪する。信念に従った迄で特に悪いとも思ってはない。
 自分の義に基づいた責務を果たす。そこに私情を挟む余地はない。
「こちらこそ。貴方の性格を知った上での上部決定だったから」
「――ッ? ……だよな」
 これだけストレートに直接言われてしまえば怒る気にもならない。
 竹を割った様な性格には、ジュンは以前から好印象を抱いていた。
「……でも、何度もやり直しさせられて、そっちも疲れたろ?」
「やり直し? そんな面倒な事はしてないけれど。もしかして」
 宙に浮かび上がったホログラムのミシェットが、クスっと笑った。
「貴方、彼女の遊戯に延々付き合わされちゃったんじゃない?」
「……は? おい、待てよ」
 一種の焦燥にも似た疲労感が、どっとジュンの総身を包み込んだ。
 カミュの固有結界内で堂々巡りをさせられたのは、――自分だけ?
「……ッ」
 総てが、カミュにとって只の時間潰しだったのかもしれない――。
「……ぐぅ~……」
 肩越しにカミュの金髪頭を撫でやるジュン。相変わらず熟睡中だ。
 安心して眠り込むカミュの前では、到底怒る気にもならなかった。