緩やかなカーブを描く回廊の奥間までは、然程の遠さを感じなかった。
タタタ……――タッ。軽快な靴音が、とあるアーチドアの手前ではたと止まる。
「久しぶりだねっ」
豪奢な木製扉を前にして、真鍮製の取っ手を掴んだ少女が悪戯っぽく微笑った。
「……」
少女の名を予め確認しておく必要があった。予想通りなら台座の刻印と同一なハズ。
「……カミュ」
「どーしたの? ジャスティン義兄さま?」
すっかり上機嫌といった様子で、少女がくるっと踵を返して美貌を向けてジュンを見る。
「いや……ちょっと」
返事をはぐらかすジュン。確認は済んだ。幼い感じではあるものの……カミュ王女で間違いないようだ。どうもジャスティンには妹(義妹?)……がいたとみえる。
「んもぅっ。変なのっ。ジャスティン義兄さまったら」
金髪の少女がむくれた様に頬を膨らませる。
「で、病み上がりの俺に一体、何の様?」
「あのねー。へへーっ。一度中をお見せしたくてっ」
がちゃ、ぎぃ……。颯爽と扉を開けると、そこは可愛い空間が広がっていた。
ベッドには子犬を配った様なふわふわの人形。壁には聖歌隊?の演奏風景と思しきポスター。
「じゃーん。どぅ? ぁたしが作った完全無欠の空間(パーフェクト・ワールド)なんだよっ!」
ばっ――。中に入ると、金髪少女のカミュは両手をばっ、と大きく広げてみせた。
「あぁ……いー感じ……ッ?」
口を開きかけたジュンの背筋を、記憶を掠めたある既視感がぞわっと凍りつかせる。
「じゃーんっ。ぁたしが創り出した完全無欠の亜空間(パーフェクト・ワールド)なんだぜっ」
「……ッ」
一刹那、くたびれたうさぎの着ぐるみが、脳裏を掠めた気がしたが……記憶が曖昧で良く思い出せない。
「……」
それよりも今は、目の前の事に集中しなくてはならない。ジャスティン王子との約束を果たさなくてはならないのだ。
「あ、あぁ……いいんじゃ……ないかな?」
「えぇー? ほんとーにそー思ってるぅ?」
釈然としない面持ちのジュンを前に、頬をぷくっと膨らませながらカミュが拗ねた様な顔をする。
「でもまっ。お世辞でも嬉しーけどねっ♪」
泣いたカラスがもう笑うとはこういう事をいうのだろう。
拗ねていたカミュが、愛らしい挙措で小首を傾げ愛らしい挙措でウィンクを投げかける。
「……」
千変万化な少女の性分に内心面喰らいながらも、相手を安心させるべく愛想笑いを浮かべてみせる。
どうやらこの少女、ジュンの事を兄(義兄?)のジャスティン王子だとすっかり信じてくれた様だ。

