Excalibur



 カラン――。乾いた鈴の音を立て、バーの入口のドアが開かれた。
「……?」
 人――? ではない、何か懐かしい気配が上ってくるのを感じた。
 誰だろう。ジオフロントにAIロボ以外の住人はいないハズだが。
『コマリマス、オキャクサマ』
「……」
 扉の向こう、カウンター側からロボマスターの声が聞こえてくる。
『ダレモイマセン、オヒキトリヲクダサイ』
 人工音声が困惑気味に対応している。何やら一悶着している様だ。
『オヒキトリヲ――ギガあッ!』
 パキャ……ゴトン。金属がひしゃげる耳障りな音に落下音が続く。
『……ピィィーーーーー……』
 壊れたスピーカーの様な人工音声が暫く鳴り続け、……止まった。
「……ッ」
 ガチャ。異常を感じて扉を押し開け外の様子をそっと窺うジュン。
 キュィ――。微かな電子音がした。扉の隙間から覗くのは……猫?
「見つけた」
「……ッ!」
 ガチャ、――ドンッ。強い力で扉が開くのを、強引に押し留めた。
 紅いショートカットの髪。深紅のネコ眼。一目でハヤカワと解る。
「……」
 ハヤカワコズエ――。神霊力ウリエルを体内に宿したサイボーグ。
 深紅色の短髪の美少女。大抵は茜色のスリムスーツを纏っている。
「開けてよ」
「……くッ」
 グググ――……。扉を挟んで拮抗する力。力負けしてゆくジュン。
 カミュのジオフロントにどうやって? 理解が追い付かない――。



 パシッ――…。
 過去の一場面がまるでフラッシュバックの様に記憶の縁に蘇った。
 そよ風が心地よい新緑地帯で、涼んでいた時の光景だろうか――。
「私にはね、感情が、……余り解らないの」
「まぁ、元来が大人しいのと、それにまぁ」
 サイボーグ化した後遺症があるのかも……その言葉は呑み込んだ。
「それに、何? 何か私に、欠陥がある?」
 美貌を横に、感情の籠らない紅い眼が凝っとジュンを睨み据える。
「いや、そんな事は言ってないだろ……?」
 内心肝を冷やしつつ、ジュンは相手を怒らせない様、声を潜める。
「……仕事熱心過ぎるンじゃないかな……」
「私が? 仕事魔? そうなの、……かな」
「たまには、身体を休ませる事も大事だよ」
「……ありがとう……意外と優しいね……」
「一言余計な気もするけど、まぁ、いっか」
 感情の籠らない一本調子な低い声音が、印象的な少女ではあった。
 サイボーグ化の影響もあり、戦に特化する内に感情鈍麻が進んだ。
 本人は承知の上と抗弁するが、上層から酷使されてきた被害者だ。



「……ッ」
 咄嗟に思考を巡らせるジュン。直ぐに一つの可能性に辿り着いた。
 恐らくは、カミュが寝ている間に亜空間の隠蔽力が薄まった――?
「――待てッ、少しだけ待ってくれ!」
「……どれだけ?」
 抑揚のない声音。感情のみえない口調はハヤカワに特有の声質だ。
「じゃあ、一分間」
「……一分だけね」
 苦し紛れに言い放ったリクエストが、意外にもすんなりと通った。
「……?」
 アンティーク扉を押す力がふっと弱まる。要望を聞き入れた様だ。
 意外過ぎる襲撃者の反応に内心驚愕するジュン。話せば解るのか?



 シーン……。不穏さが漂う、不気味に静まり返った黄昏時のバー。
 時間的猶予はない。暗がりの部屋を見渡す。一か所だけ窓がある。
「……ッ」
 ――ドゥ。
 寝ているカミュを背中に背負い、脱出すべくジュンは窓縁に寄る。
 シャッとカーテンを開けると、煌めく黄昏の近未来都市が映った。
 バリィン――。
 乾き音を立て割れる窓ガラス。冷えた外気が室内に流入してくる。
 扉の向こうは沈黙を保っている。襲撃者が入って来る気配はない。
「――ッ」
 好機。ジュンはカミュを背負ったまま窓枠を蹴り、街路へ跳んだ。
 ――ザッ。
 湿ったアスファルトの路面に着地する。人気は殆どない街路地だ。
 体感、まだ数十秒程は猶予が残っている。行方を眩ますなら今だ。
「……ッ」
 ダダ――ッ。
 脱兎の如く、その場を逃げるジュン。この時の為の健脚であった。