Excalibur

 キュゥゥゥ――……ン。
 電子の駆動音を奏でながら、小型の二人乗りタクシーが停車する。
「さぁ乗って!」
「……あぁ……」
 ガチャ、バタムッ――。
 乗り込むや否やドアが閉まる。音も立てずに滑らかに走り出した。
「行き先は、――モンサンミッシェル大聖堂!」
『……アクセプト』
 明るい注文に、ヴイチューバ―の様な無機質な音声が車内に響く。
「……は?」
「あんたじゃない! ミッシェルに言ってんのっ!」
「……あぁ、だっけな……」
 ちょっと懐かしいやり取りに、ジュンは苦笑いを浮かべてしまう。
「しかし、……サンダーが相手となると……」
 言葉尻を濁すジュン。同郷だからこそ解る。彼の霊智力は本物だ。
 更に彼の裏には、バベルを居城とする盟友ミシェットが居るハズ。
「……ミシェット、か……」
 ギシ……。座席に凭れ、閉瞼するジュン。懐かしい光景が蘇った。



 夕暮れ時の鈴蘭畑に居た。馴染み深い美声がする。
「地上への出向が決まったの」
「……何時……?」
「明日。バベルの塔での監視役よ」
「へぇ……君には似合いだな……」
「ありがと。書斎に招待するわね」
「ぅーん。寝てしまいそうだ……」
「貴方は何時も寝てるじゃないの」
 ザザァ――……。
 そよ風が心地よい。清涼で澄んだ天界の音色――。
「地球創世からの歴史を辿る旅か……悪くはないな」
「未来カレンダーも管理しなきゃ。忙しくなりそう」
「……カルマの調節も兼ねて、……だっけな……?」
「反乱分子の早期発見、早期処分も大事だからねぇ」
「……処分、……か。どうなんだろうな、それ……」
 読書好きで万物の叡智を極めんとする時の管理者。
 運命を乱す者を反乱分子と称して断罪する堅物だ。
 


 フィィィ――……。
 電動タクシーが速度を上げた。目的地のエリアまでオートで奔る。
「カミュ。一応感謝はしているが、お前も、また余計な事を……」
「ぁたしはいーの。ぁんたが無事でいてくれればもー充分だよ?」
 ジト目でジュンを睨みつけてはいるが、その口元は微笑っている。
「史実じゃ、お前が俺を討ち取った事にされてるンだけどな……」
「改竄でしょ? そーゆー事にしといた方が都合いーんだろーね」
 AIタクシー内での会話もあまり弾まない。自ずとトーンも沈む。
「俺のせいでお前まで……本当申し訳ない」
「だからいーって。女々しいの嫌いだよ?」
「……あぁ……だな……」
 ミカエルことカミュは元々癒しの存在であり、正義を司る熾天使。
 歪曲を嫌い、虚偽や欺瞞を許容できない性格は昔から変わらない。
「ぁんたの背負った……傲慢だっけ? 贖罪はね、冤罪なンだよ」
「……そう、かな……?」
 過ちを犯すのが人の常ならば、それを糺す。……その責務がある。
 歯切れ悪い返事をしつつ、自分の信念が揺らいでいるのを感じた。
「だからさぁ、それを証明する戦いなンだよ? しっかりしなよ」
「……あぁ、……だよな」
 曖昧な返事に終始するジュン。少女の好意は有難いが気が滅入る。
『間モナク、サンマロ湾に到着シマス。ゴジュンビハ……』
 AIタクシーの音声も、心なしか落ち込んでいるかの様に感じる。
「……でさ、ディープインパクトまでの時間は……?」
「ぅん。間もなくじゃない? 揺れるから注意してね」
「……あ、そ……」
 あっけらかんとしたカミュの返事には、緊迫感が微塵も窺えない。
 光属性の為、相克による神霊力の影響を余り受けないからだろう。
「さぁーって。モンサンミッシェル大聖堂に逃げ込むよぉーっ♪」
「……戦略的、……撤退……」
 快活な少女の横では、気落ちする自分がバカの様に思えてしまう。