Excalibur

 バサァ――……。
 翼の扇ぐ音。上空から大型翼竜が爆心地へ悠然と舞い降りてくる。
「魔王の後釜と噂には聞いていたが……お前だったか」
「……誰だッ」
 カミュを庇いながら膝立ちで顔を上げるジュン。赤髪の男が居た。
 白色の翼竜の脇に凭れ掛かる様にして、泰然と腕組みをしている。
「……『力』を感じない……」
 金色の甲冑を纏った長身の男だ。燃える様な髪が風に靡いている。
「神霊力を感じない……『力』を拒んだか。まぁそれも良かろう」
「な、何を言っている? 神霊力とは何の事だッ!?」
 突っかかる様に怒声を浴びせるジュン。男は平然と澄ましている。
「義兄さまっ! 奴が愛美ちゃんを連れ去った男、アドルです!」
「――何だとッ」
 眼の前で自分を見下ろしている奴が、嘗て愛美を拉致した張本人?
「……へへッ」
 ググ……。
 膂力が漲ってくる。怒りに突き動かされて、ジュンは声を荒げた。
「てめぇ、ここで決着つけてやるッ! 愛美を返せッ!」
「愛美? ……アリエス、の事かな?」
「――ッ!」
 間違いない――この男だ。ジュンは忘我の内に男に殴りかかった。
『グゲァアッ!』
「ぐぁッ!」 
 ヒュ、――ドゴォッ。
 死角からしなる様に飛んで来た竜の尻尾がジュンを跳ね飛ばした。
「義兄さまっ」
「……ぅ、ぐ……」
 倒れ込んだジュンのもとに、悲壮な叫びと共にカミュが駆け寄る。
「フッ。よもや最弱クラスとは……てんで話にならんな」
 苦虫を噛んだ面相を作るアドル。その冷たい眼光がフッ、と笑う。
「だがその心意気、悪くはない。……そうだな」
「……ッ?」
「そぅら。お前にコイツを貸してやろう」
 地面に突き立った長槍を引き抜くと、ジュンに向けて放り投げた。
 ――カラン。
 乾いた音を立て地べたに転がった長槍が鈍い煌めきを放っている。
「……なんの真似だ?」
「名無し。お前にチャンスをやる。それを取って塔まで登って来い」
「城塔つったって……もうあそこは……ッ?」
 言葉尻を濁すジュン。アドルと名乗る男が、目線で王城を示した。
「よく見ろ。解るだろ? まだ王城は完全に崩落しきってはいない」
「……ッ?」
 崩落を免れた城塔の一角のアーチ窓から、高速射撃が続いていた。
 ヒュンヒュン……――ズドドドドッ!
 柔らかな放物線を描きながら、城門前や城下町に降り注いでいる。
『ゲァアッ!』
『キィイッ!』
『ゴゲゴァッ』
 響き渡る奇声の合唱――。
 魔獣や巨蟲群を矢襖に射る光の投擲が魔物の群れを掃討していた。
「義兄さま、ロックは無事よっ!」
「しかし……」
 青ざめた笑みを浮かべるカミュ。だが、今はそれどころではない。
「……今更、こんな俺が行ったところで……」
「妹を取り戻したいと本気で願うならば、貴様に選択の余地は無い」
「ッ? …………解った」
 アドルの声には妙な説得感と威厳があった。信じない理由はない。
「約束だぞアドル。防御城塔で落ち合おう。……逃げンじゃねーぞ」
「フッ、一体、誰に言っている」
「よし、行くぞカミュッ!」
 ヴォ――……。
 直後の突風に煽られ、よろめくジュン。白い尻尾が眼前を過った。
「ぁ、……きゃあっ」
 白い翼竜が、尻尾で器用にカミュを抱き上げ、優しく背に乗せる。
「王女は預かろう。お前が約束を破って逃げない様、保身としてな」
「てめぇッ、バークフリーで待ってろよッ! ブッ倒してやっから」
「何とでもほざけ。この負け犬めが。はーーーはッはッはッはッ!」
 バサァ――ッ。
 アドルが飛び乗ると、竜は大きな翼を羽ばたかせ大空に飛翔した。