Excalibur

 記憶にある限りでは――。
 十年ほど前、一人妹でもある愛美はこの山で行方をくらましたハズだ。
 あの時、彼女に一体何が起きたのか、真相がどうにも気になっている。
「俺の妹が……確かこの山で行方をくらましたと思うんだが……」
「あぁ。そうなのか?」
 ジャスティンの反応が、心なしか余所余所しく感じる。
「お前のその記憶が間違っているという可能性もあるよな?」
「……何が言いたい?」
 訝るジュンを眇める男の眼が、険を帯びた。 
「僕なら、……直接言って確かめるね」
「……あぁ」
 要は異世界に行って直接確かめて来い……ジュンは暗にそう理解した。
「解ったよ。お前は一刻も早く下山して村民に救助要請を依頼した方が良いんじゃないかな?」
「……お?」
 男が、口元に白い歯を光らせる。
「んじゃ、僕に成り代わり、異世界を救ってくれる……って感じ?」
「あぁ。お前が良くなるまでの間な。互いの世界、少し交換してみようか」
「そう言うと解ってたぜ、……兄弟」
 満足気な笑顔を浮かべる男の傍で、ヴヴヴ……と空間が歪み、小さな暗黒の渦が出現した。
「ッ?」
 唐突な奇術に、一瞬だけ怯む挙措をみせるジュン。
 が、咄嗟に思い直す。異世界では”魔術”も、もちろん有りなのだろう――そう自分を納得させる。
「じゃ、まずは着衣の交換からだ」
「……あぁ。後ろを向いていろよ」
 黙々と互いの着衣を交換するジュンとジャスティン。
「よし。ジュン、歪みの中に飛び込んでくれ。君なら出来る。王国を救って欲しい」
「……分かった。確約は出来ないが……努力はするよ」
 意を決した様に立ち上がると、ジュンは歪みに向かって歩を進める。
「待て、ジュン」
「……?」 
「気をつけろよ」
 傍を横切ろうとした時だった。謎掛けの様な男の忠告にジュンは目を瞬かせる。

「……何に?」
「偽りの記憶と神の目。どちらにも、気をつけて行動しろよ……」
「偽りの記憶……? 神の……目……?」
 真意を測りかね、訝るジュンの耳元に、男が小声で囁きかける。
「王子部屋のクローゼット最下段の引き出しだ。確りと持ち歩け」
「でも……何を?」
「……いずれ解る」
 男の鋭い眼が、またも忙しなくパチパチと瞬いた。
 怪しまれないよう話を合わせろ――。暗にそう言われてる気がした。
「必ず必要になる。それが無いと君には恐らく何にも出来ないよ」
「わかった。きっと、……それは思い入れのあるモノなんだろ?」
 男の双眸が、キラリと鋭い煌めきを放った。
「……あぁ。手に取れば解る。思い出深いなんてモンじゃないさ」
 痩身から漲る静かな気迫に、ジュンは気圧されてしまう。
 男の口調が、それ迄の物静かなトーンとはまるで違った逼迫した熱を帯び始める。
「……分かった。じゃあ……俺からも一つだけ、忠告いいか?」
「ん、何だい?」
 緊張感に耐えかね、ジュンはお茶目に微笑ってみせる。
「にゅーいん中は、お静かに(笑)」
 男の端正な顔が……無邪気な子供の様に綻んだ。
「了解……そろそろ僕の結界も限界だ。後は頼んだぜ……兄弟」
「……結界が限界って、お前――ッ?」
 余り無理するな……そう言いかけ歪みに触れた直後、ジュンは慄然と立ち竦んだ。
 硬直するジュンの身体は歪みの中に呑みこまれ、眩い光の渦中へと放り出された。
「健闘を祈る。カミュを……輪廻の狭間から……」
「……『カミュ』?」
「――救い出せ……」
 身体が虚空に溶け込む刹那、振り返ったジュンの眼に映ったのは男の憫笑だった。