――タタッ。
 辿り着いたパラスの最深部に、物置倉庫なる古い小部屋があった。
「ここですが……っと」
 ギィィ――……。
 カミュが扉を押し開く。蝶番の軋む音がして手狭な空間が現れた。
 小道具や古寝台。使われなくなった調度品が所狭しと並んでいる。
「この奥に秘密の通路が……」
 隠し通路……城砦が陥落した時に備えた特権階級用の脱出口――。
「先頭は、……俺が……」
「ボクが先導します王子。勝手も解っていますので」
 レムが先に進んでゆく。黙って顔を見合わせるジュンとアリエス。
「ほらぁ邪魔しないでよ」
「……どうかな」
 思わせぶりなジュンの返答に、アリエスは顔を顰め舌打ちをする。
「カミュさん、こちらへ」
「……義兄さま、では、先に参りますね」
 レムに促され一礼した後で、カミュはいそいそ奥へと進んでゆく。
「これがこう……レバーを下げて……」
 ガコォン――。ゴゴゴ……。暗がりに重々しい軋み音が反響する。
 どうも隠し部屋の扉が無事開いた様だ。安堵の吐息を漏らす一同。

『フッフッフ……』
 その時、宙から耽美的な声が降って来た。声音に聞き覚えがある。
「……?」
「そこまでだ。フフ……何処にも逃げ場はないぞ」
 周囲を見渡す一同の中、歯噛みするジュン。回廊で遭遇した声だ。
「くッ、来やがったか……このタイミングでッ」
「異端分子以外は粗方片付いた。王国軍の残党は貴様らと残り少数」
 声が流麗に続ける。
「年貢の納め時という事よ……ここが貴様らの墓場となるのだ」
「急げレムッ、カミュを城下町へッ!」
「解りました。城下町も安全とは言えませんが……護衛しますっ!」
 ダッ――。
 意を得たとばかりにレムがカミュを連れて隠し部屋の奥へ消えた。
「義兄さま、あまり無茶しないでっ」
 激励に無言で頷き、ジュンは二人を庇う様に物置倉庫の外へ出る。
 ペキポキ……。薄暗い回廊に立つと、ジュンは両手を組み解した。
「出てこいや……俺が相手になってやンよ」
「聞いてなかったのかな? 一人も逃がしはせんと言っただろう?」
「……くッ」
 姿なき追撃者の余裕めかした返答に、ジュンの焦燥が募ってゆく。
「魔界伯爵のアダムだよ。ジャスティン、ぁんたの右斜め上に居る」
「……?」
 驚いて横を見ると、宙に浮いたアリエスが右前腕を伸ばしていた。
「……見えるのか、アリエス?」
「――って事はぁたしの相手って事だよっ!」
 キュルルル――……ガギィッ!
 奥間から舞い戻って来た回転大鎌が、上空のとある一角を穿った。
「――うぎゃあッ!」
 バッ――。虚空に一条の血飛沫が舞う中、悲鳴が大気を轟かせる。
「小娘如きがぁ、――小癪なッ!」
「へへ~ん。透明化はぁんたの専売特許じゃないですよぉ♪」
「……ッ!」
 スゥ――。瞠目するジュン。浮遊するアリエスの姿が消えてゆく。
「ジャスティン、ほら先に行って」
「ッ! アリエス……また会おう」
 宙空から降ってくるアリエスの喚起に促され、ジュンは先を急ぐ。
「……ッ」
 ダダダ――……。
 古びた木製扉を潜り抜け、背丈程の高さの薄暗い地下洞穴を走る。
 抜けた先に城下町があるというが、既に壊滅的状況が予想された。
「……ッ?」
 ――ドガァンッ! ガシャゴロゴロ――……。
 倉庫側で不意の爆音。瓦礫の崩落により居城への退路が絶たれた。
「……ッ!」
 アリエスの安否が気にかかるが、今は優先すべき事項が他にある。
 もう後戻りは出来ない――。意を決し、ジュンは二人の後を追う。