タタタ……ッ。
 暗い礼拝堂に小さな靴音が駆けてくる。足音に聞き覚えがあった。
「ジャン王子、カミュ王女、ご無事ですかっ!」
「……レム?」
 ――タッ。
 橙色の髪をした少女が姿を現した。現場を見るなり語調を荒げる。
「おのれ魔王の使い魔め! グランドラ王女と知っての狼藉かっ!」
「……あン?」
 現れたレムを興味も無さげに一瞥し、神魔は両肩を竦めてみせる。
「はんっ。三銃士のガキかよ。おままごとはもぉいーのかなぁー?」
「……ぐぎぎ」
 神魔と掴み合うカミュの金髪は、既にぐしゃぐしゃになっている。
 チャキ――。片手剣を突き付けるなりレムが怒りも顕に警告した。
「今直ぐ王女からその汚らわしい手を離せっ! さもなくば――っ」
「……ふーん。ぁたしを斬るってか? やれるもんならやってみな」
 カミュから髪を掴んでいた手を離しつつ、神魔は冷たく挑発する。
「もっとも、ぁんたの首が飛ぶのが先だと思うけどねー♪」
「何……ですって?」
 手慣れた挑発でも覿面に効いたとみえ、レムの両頬が紅くなった。
「レム、早くぶった斬りなさいっ! 王女命令よ、一刻も早くっ!」
 解れたドレスと乱れた金髪もそのままに、鬼面のカミュが怒鳴る。
「言われなくたって……」
「……よせ、レム」
 憤るレムとけしかけるカミュ。挑発する神魔。仲裁に回るジュン。
「王女直々の御命令以前に……、ボクが貴女を許せませんっ!」
「だるっ。気迫だけかよぉ。とっとと斬りかかってくればー?」
「命令よレム、とっととそのアマ……ぶった切ってお仕舞い!」
 ギャーギャー。
 騒がしさを増す周囲の状況を把握しきれずに、焦燥が募ってゆく。
「……ダメだ、このままでは……」
 オォオォオ――……。
 円周状に並び立つ四人。膠着した礼拝堂が三つ巴の様相を呈する。 
「……静かにしろ……痛いんだ……」
 意を決して、ジュンは怒声を張り上げた。礼拝堂に声が反響する。
「俺は……痛いんだ。……背中が痛いんだよッ。ご理解下さいッ!」
「はぁ?」
「王子?」
「義兄……さま?」
 シ――……ン。
 静まる場内。皆一様にぽかんと口を開けてジュンを見つめている。
「ご理解くださいってぁんた……何かの番宣やってンの?」
「ぷっ……」
「義兄さま? 背中の傷、ちょっと良くなってるみたいですが……」
 呆れたジト眼に変ずる神魔の横で、カミュとレムが失笑を漏らす。
「……ぅ、ッ」
 場に満ちる無言の嘲笑。ジュンは顔を赤らめたままぐっと耐える。
 言葉遣いが変だったのか? 咄嗟の事で上ずってしまったろうか。
「と、とにかく今は協力するのが先だ。動乱の真っ最中なんだぞ?」
 ――タタッ。
 祭殿に駆け上がると、ジュンは両手を広げ大きく声を張り上げた。
「一旦協力して生存率を上げよう。先ずこの場を打開するんだッ!」
 パチパチパチ――ッ。
 大きな拍手が上がった。すっかり感動したレムが手を叩いている。
「凄い、凄いよっ! 流石ボクが見込んだジャスティン王子だっ!」
「……ぅーん……」
 ジュンの熱い演説に、首を斜めに傾げながら、渋々追従する一同。
「まぁ、ね……王女の始末はジェラルド退治の後でも、別にいっか」
 不貞腐れてはいるが神魔は納得した様だった。カミュも追随する。
「義兄さまがそこまで仰られるのであれば……私も賛同しますけど」
 一部は不本意や渋々といった面相をしてるものの、纏まった様だ。
「よし、皆でこの場を突破するぞッ。先ずはカミュの退避が先だッ」
 その様を、真顔でまじまじと見ていた神魔が、ちっと舌打ちする。
「あ~ぁ。ったく相変わらず女に甘い♪ 魔王さまはチョロいね~」
「魔王じゃない。王子だって言ってるだろ! 色狂いの極楽鳥めっ」
「はぁー? にゃにお~、お前こそ、戦闘狂いの冷血漢だろーがっ」
 ジュンの喚起には目もくれず、さっそく小競り合いを始める一同。
「お止しなさいレム。斬りたい気持ちは解るけど我慢も大事です!」
 互いに反目し合うレムと神魔の火種をカミュがピシャリと鎮める。
 ギャーギャー。
 動乱の王城の最下階。渦中の礼拝堂にて臨時チームが結成された。