ザンッ! ボトト……。
 背中の装束が破れ、流れ落ちた鮮血が、床面に紅蓮の湖面を象る。
「あの……バカっ」
「……義兄さまっ!」
 固唾を呑んで見守る二人。視線の先では男が顔を歪め蹲っている。
「……ぅッ」
 ボタタ――……。
 装束の裂け目からドクドクと噴き出す血が、黒のぬかるみを造る。
「……ぐッ」
 ズキン――ッ。
 断続的に走る鋭い痛みに顔を顰めるジュン。ダメージは深そうだ。
「……あ……」
「ンのバカちんがっ」
 ガラン――。
 乾いた音を立て床面に転がり落ちる大鎌。カミュの詠唱も止んだ。
「何やってンだよンのばかたれえっ!」
「きゃぁっ。ジャスティン義兄様ぁ!」
「ぅ、……ぐ……ッ」
 こうなると覚悟していた。争いを諫めるには身を呈するしかない。
「大丈夫ですかっ、お義兄さまぁっ!」
「あーもぅ邪魔だよ、このメス猫っ!」
 ジュンの元に駆け寄るカミュを、黒髪ツーテール少女が罵倒する。
「神と精霊の聖名に依り……っ」 
 駆け寄るなり、カミュは掌をジュンの背中に翳して詠唱を始めた。
「神よ、我が願いを聞き入れ……この者の傷を……っ」
「……カミュ」
 詠唱が続く中、心なしか、背中の痛みが薄らいでゆく感じがした。
 今まで気にしてなかったが、この身体……思ったより頑丈なのか?
「……」
 そういえば、先程まで痛んでいた足首の捻挫が……もう痛くない。
「あーもぉ邪魔だっつってンろこの女狐っ!」
「嫌ですっ、意地でもここを退きませんっ!」
 直ぐ傍らでは、相も変わらずカミュと神魔が取っ組み合っている。
「あーむっかつくわーその令嬢っぽい口調。女狐らしくねンだよっ」
「そっちこそ、淑女の嗜みというものが解ってないようですわねっ」
 ギャーギャー姦しい罵り合いに、ジュンの苛立ちは沸点を超えた。
「……おいッ、お前ら……ッ」
 カクン――。
 苦悶に膝を崩しかけながら、ジュンは女々しい震え声で懇願する。
「痛いんだ……、頼む、……静かにしてくれ……ッ」
「くぅーっ! そのパツキン毟り取って今直ぐ出家させてやンよっ」
「塵も残らないくらい綺麗にクリーニングしてさしあげましてよっ」
 ドタン、バタン――。
 ジュンの切望には目もくれず、女二人の掴み合いは苛烈さを増す。