男は煌びやかな装束を纏っていたが、薄明かりを頼りに目を凝らせば、襤褸切れ状態だと判った。
 何よりその男は、どう贔屓名に見てもジュンと瓜二つであり、その光景は合わせ鏡の様にも見てとれた。
「兄弟……大事な話があるんだ」
 疲弊してしゃがれてはいるが、声音も瓜二つ。まるで別次元から現れた同一人物だと説明されてもジュンはそれを容易に信じたであろう。
「ジャスティン王子……そう呼ばれていた」
「ジャスティン……王子」
 ジュンは喉がカラカラな事にそこで気付き、慌てて生唾を呑み込んだ。
「……ジュンだ」
「知っているよ。まぁ……適当に座ってくれ」
 男の眼に促されるままに、ジュンは下座へと腰かけ、ゆっくりと胡坐を作る。
「あんたが……俺を呼んだ本当の理由は?」
「あぁ……今言うよ」
 ジュンの思考をまるで先読みしているかの様に、謎の男は淡々と続ける。
「僕の世界……いや、ここじゃ”異世界”、って事に……なるのかな?」
「……異世界?」
「”アイランド”と呼ぶ世界なんだが、どうか救って欲しい」
 男が口早に続ける。
「ついでに、”グランドラ”っていう王国も救って欲しいのさ」
「注文が多いな。もしかしてお前、王様か何かなのか?」
「正確に言えば、王子だった、の方が正しい。……それが今はすっかりこの体たらくだが」
 そう断ると、男が徐に着衣をはだけさせ、上半身を露にした。
「……ッ」
 息を呑むジュン。
 男の痩身は満身創痍だった。何時倒れてもおかしくない程の怪我を負っている様だった。
「……解ってくれたかい?」
「……あぁ」
 男の態度は妙に落ち着いており、不思議な説得力と安心感があった。気高い立ち居振る舞いの中に奥深い生命力を宿しているかの様な神秘性を秘めていた。
「その傷……、一体、何処で?」
「終末のセラッ……いや」
 はたと閉口した男の瞬目が、ぱちぱちと忙しくなる。
 ふぅ、と一旦大きく息を吐くと、男は瓢げた様に肩を竦めてみせた。
「”魔王”にね……こっ酷くやられちまったのさ」
「……魔王だと?」
 聴き慣れない言葉に、ジュンは胡乱げに目を細めてみせる。
「魔王って……あの、ファンタジー世界か何かに出てくる様な……魔王?」
「そう。大魔王ルシファーだ」
 現実離れした突拍子もない言葉だが、男の声音には妙な説得力と響きを帯びていた。
「”彼”はね、……魔界のみならず、神聖なる僕たちの王国をも手中にせんと画策しているのさ」
 訝るジュン。”彼”とは、……男は魔王と果たして顔馴染みか何かなのだろうか――?
「……なるほどね。で、王子のお前はその身体……と」
 現実離れした話だが面白そうでもある。すっかり興味を惹かれたジュンは、やんわりと口調を合わせ、先を促す。
「もう少し、じっくり聞かせて貰おうか……」
「あぁ……無論そのつもりだ」
 既にこの時にはもう、男に対する哀れみというよりは、どちらかといえば好奇心に近しい感情がジュンをつき動かしていたのも事実――。それに何よりも、失踪した妹の行方も気がかりだった。もしかすると、この件と何か関係があるのかもしれない――。