ヒュォ、――ダァンッ。
 階下への落下。強かに背中を打ち付けたジュンは、暫し悶絶する。
「……ッ」
 パラララ――……。
 砂塵が舞う中、上層を仰ぎ見るジュン。硝煙と砂塵で真っ暗闇だ。
「逃げ……なくてはッ」
 ググ――……。
 痺れる上体を辛うじて起こすと、這う様にして床を匍匐前進する。
「くくッ。満身創痍じゃねーかァ。軟弱魔王様がよぉおッ」
「……ッ?」
 飄げた口調に顔を上げると、直ぐ眼前に見慣れぬ男が立っている。
 マンモスの仮面を被った巨漢。筋骨隆々な体はまるでレスラーだ。
 優に七フィート程もあろうか。肩には巨岩ハンマーを担いでいる。
「ジェラルド様からの御勅令でなァ。悪く思うんじゃねーぞ小僧?」
「……小僧だと?」
「ぐははッ。吾輩にかかれば貴様なんぞひよっこみてーなモンよォ」
「……何百年生きてやがンだ、化け物野郎……」
 ――ギシィ……。
 大漢が、軽々と担ぎ上げた巨岩造りのハンマーの柄を握り締める。
「げーッはッはッはぁーッ! 軽ぅく捻って手柄立ててやるぁあッ」
「……黙れよ、この豚野郎ッ……俺を誰だと思っていやがる」
 ブハッと噴き出し笑いする大男。その口元が……歪につり上がる。
「色恋に現を抜かした哀れな『元』魔王ジャスティン様だろォん?」
「……何だと? く……ぅうッ!」
 元という響きに怒りを滾らせるも、如何ともし難い現状に歯噛む。
 ――グ……。
 下劣に嗤いながら、大男が厳めしいハンマーを軽々と担ぎ上げた。
「世代交代が来たンだよォお! 楽にあの世に送ってやるぁあッ!」
「――ぐッ!」
 ヒュォ――ッ。 
 頭上から振り下ろされる乾坤一擲の槌撃が、ジュンの肝を冷やす。

 ――ドォンッ! ピシピシ……。
 土埃が噴き上がった。衝撃に揺るぐ石床に、網目状の亀裂が奔る。
「……? ……ぐるる」
 砂塵が舞う中、マスク越しに打ち下ろした着弾点を見定める大男。
「……ぐぎが?」
「……ッ」
 ゴロゴロ――……。
 圧殺に失敗した標的の姿が、横転しながら通路奥へ転がってゆく。
「ぐるるるる……ッ」
「……へッ、おめーは隙がデカいンだよ」
 唸り声を荒げる大男を揶揄しつつ、やや離れた距離で立ち上がる。
「どしたい、ウスノロのとっつぁん」
「……ぐ、ぎぎ……がぁあアアッ!」
 怒髪天――。挑発が覿面に著効したとみえ、大男が突進してくる。
「――ぎぎがぁああああッ!!」
「ギガギガるっせーよ、円天モヴァイルのCMかってーの」
 ――ドンドンドンドンッ!
 マンモスの仮面を被った大男が地鳴りを踏み鳴らし突撃してきた。
「……一か八か、ヤッてみっか」
 ギシィ――両拳を固く握り締めるジュン。勝機が無い訳ではない。
 何よりこんな所で時間を無駄にしたくない。ジュンは腹を括った。

「……ッ」
「ぐるるぁぁあああッ!!」
 咆哮を発し立て、怒り狂った巨漢レスラーが旧石器を振り上げる。 
「……ッ」
 攻撃を直前まで見極めるジュン。打ち下ろし……ならぬ薙ぎ払い。
 ――ヴォン……。
 眼前に迫る横殴りの一閃――まともに喰らえば身体は真っ二つだ。
「ぐがぁああああッ!!」
「……ッ!」
 ――ズガァッ!!
 轟音。横殴りの斬撃が回廊を仕切る石壁を粉砕する。直後だった。
「ぎがッ?」
 トッ、トン――ッ。
 丸太の様な前腕を足場に跳躍したジュンが、巨漢の眼前に現れる。
「――はッ!」
 ゴッ!
 振り抜いた右の拳撃が、巨漢の顎近辺をピンポイントで打ち抜く。
「がッ?」
 白目を剥いた巨漢の巨体が……ズゥン。地響きを立て崩れ落ちた。
 ――トッ。
 砂塵を上げて床面に沈む巨漢の直ぐ背後に、着地を決めるジュン。
「……ぜぇッ」
 止めを刺すなど無粋な思考は意中にない。目的は最上階の王子室。