こんこんっ。何処かで、軽い……ドアをノックするかの様な乾いた音が聞こえてきた。
「……?」
 薄闇に慣れつつある両眼を凝らした先に、微かな明かりが漏れているのが辛うじて視える。
「こんこんっ」
 今度は、声がした。恐らくは、女……まだ幼さの残る声音、――少女と思しき声が聞こえた。
「……誰だ?」
 呼び掛けに対しての返事はない。
「……?」
 小首を傾げるジュンの眼前で、少しばかりの間を置き、……ぎぎぎぎ……ドアノブの軋む音と共にドアがゆっくりと開いてゆく。
「――ぁたしだよっ」
 開かれたドアの奥から勢いよくぴょこんっと半分顔を出したのは、子供サイズのうさぎの着ぐるみだった。
「……?」
 毛羽立った、くたびれた風体の子供サイズの着ぐるみが、ジュンの思考を混乱させる。
 くたびれた風体でよたよたと歩み寄ると、着ぐるみはジュンの前にドッカリと座り込む。
「しょっと……。どう、この空間は気にいった?」
 舌足らずなアニメ声。どうもまだ子供……少女の様だ。
 聞き覚えのある声のハズだが……記憶が定かではないのか……どうしても誰だか思い出せない。
「ん?」
 釈然としない面持ちのジュンの眼前で、バッと着ぐるみが両手を大きく広げた。
「じゃーんっ。ぁたしが創り出した完全無欠の亜空間(パーフェクト・ワールド)なんだぜっ」
 亜空間(パーフェクト・ワールド)……? ドラクエか? 幼いワードに、ジュンは眉を顰める。
「誰だよお前」
「ん、ぁたし?」
 着ぐるみの口許がニタリと嗤った。その歪な笑みはどこか自嘲気味にもみてとれる。
「大丈夫。怪しい者じゃないよ。ちょこっとだけ、堕天しちゃったかも……だけど」
「いや……怪しいだろ。堕天てなんだよ」
 矢継ぎ早の非難めいた文句に、紡錘形の耳がぴくりと反応を示すと、着ぐるみの目元が明らかな怒りを宿した。
「問題を出すから、答えなさい」
「は?」
「”問題”。この世は邪悪に満ちている。○か×かで答えなさい」
「……急に何を」
「問題に答えなさいっ。それまで帰さないからね。ま、」
 怒りを宿した着ぐるみの眼が、とたんに意気消沈する。
「……帰る場所なんてもう無いんだけど」
 ふと発せられた着ぐるみのぼやきが、どうにも気になった。
「帰る場所が……無い? どういう事だ?」
「神霊力(ソールエナジー)がもう使い物にならないんだってばっ!」
 突然、荒ぶった声で着ぐるみが金切り声を上げる。
「神霊(ソール)……力(エナジー)?」
 うっかり口が滑った、と言わんばかりに、着ぐるみが慌てて口元を両手で覆う。
「おーっとぉ。今のなしっ」
「……注意欠陥多動性障害かよ」
 喜怒哀楽の落差を見せつける着ぐるみの爛漫な挙措を前に、ジュンは小さく嘆息を漏らした。それに相手はどうやら子供の様だし、少なくともこのままじゃ埒があきそうもない。
「……分かった。問題に答えるよ」
 観念じみたジュンの返事に、着ぐるみの眼が光った。意地悪そうににっと口角をつりあげる。
「なら早速、ある場所で問題を解いてきて欲しい。頼んだよ」
「ある場所……とは? それより問題って……何?」
「健闘を祈るっ。天のご加護があらんことを」
 質問には応じず、着ぐるみが素早く両手を左右に大きく振りかざした。
 ヴゥ……ン。重低音が鳴り渡り、薄暗がりの空間にとある景色が映し出され……中世を彷彿とさせる部屋の内観で止まり、固定化された。
「ここでの記憶は一旦リセットねっ。グッドラックっ」
 遠ざかる着ぐるみの声が……優しい色調を帯びた気がした。