
バチィッ、ビリリィ――ッ!
取り押さえられた直人の身体から、スパークが弾け散り警官を感電させた。
「ぐぁあッ?」
「……――ッ」
ゴッ、ガッ、――パァンッ!
闇を切り裂く打撃音。蒼い疾風が現場を仕切る警官隊の合間を走り抜ける。
「おぃこら放せよ、ゲス野郎っ」
「ゲェーッはッはッはァーッ!」
ディアナを地べたに組み伏せた大柄な警官が、高笑いを上げた直後だった。
「……嫌がってるだろオッサン」
「はァーーッ? はぁあ~ッ?」
ガッ――。
強い力で首根っこを引っ掴まれた警官の顔面が、ベゴォッ。――陥没した。
「――ぎゃわばッ!」
――ダァンッ!
数メートルも宙を吹っ飛んだ巨漢が、地べたに突っ伏して動かなくなった。
「……ほら、掴まれ」
「ぁ、ぁりがと……」
ぐっと手を引っ掴んでディアナを立たせると、直人は低い声で鋭く叫んだ。
「走るぞ、急げッ!」
「ぅ、……ぅんっ!」
ダダッ――……。
密集地を抜けて、目立たないビル群の合間を縫って路地裏へと奔る逃走者。

オォオォオ――……。
静かな界隈に佇む二人。人気のない殺風景な裏通りで、休息を取っていた。
「はぁ、はぁ。ゃっぱナイトじゃん。ぁたしのナイト♪」
前屈みの体勢で乱れた息を整えつつ、ディアナが直人をさり気なく褒める。
「は? 誰がだよ。勝手に決めるんじゃない。俺は――」
「言わなくていいって。ぁたし、人の心が読めるからっ」
「……あ、そ。なら、俺の考えている事も、解るよな?」
恐らくはハデスに取り込まれたセレスの結界を脱出するのに、助力が要る。
ディアナの神秘的な兵装の具現化能力は、窮状の打開に必須となるだろう。
「ぁたしに惚れてんしょ? ぜーんぶお見通しだって♪」
「……あぁ。まぁ、だな……。……そんなところかもな」
軽い口調ではぐらかす直人。ディアナのお調子者ぶりは相変わらずの様だ。
「で、直人っちー。これからぁたし等、どーすんのー?」
「この世界は、どうやらハデスの監視下の様だから……」
言葉を濁す直人。この仮想空間が、ハデスの監視下だと薄々勘付いていた。

先程の警官隊も住人達も、総てがハデスの傀儡だと考えた方が良さそうだ。
「……どうにも奴を倒すという選択肢しか浮かばないが」
「んー。やっぱそーだよねー? 怪しーと思ってたもん」
最初からお見通しとでも言いたげな口ぶりで、ディアナが直人に合わせる。
「……ん? て事は何処から怪しいと気が付いていた?」
「だから最初からだって。セレス以外はみーんなハデス」
「お前、……それが解っていて居酒屋で泥酔したのか?」

呆れ果てる直人。トイレで泥酔していたのも総てが敵に筒抜けという事だ。
「まぁねー。ぁたしの千里眼はぜーんぶ視えるんだよ♪」
「……ヤるかヤられるかって時に、随分強気だよな……」
嘆息する直人。大胆不敵にも程がある。ディアナには驚かされっぱなしだ。
「あのまま奴の傀儡にでもされてたら、どうするんだよ」
「ん? だって直人が助けてくれるって知ってたしぃー」
「はぁ。……そんな事まで全部視えてたって訳かよ……」
何処までが本当なのかさっぱり分からないが、ただただ嘆息するばかりだ。
命を懸けた戦争中に、それも相手の土俵上で、無防備の極みを晒す豪胆さ。
「……とてもじゃないが、俺には理解しきれないな……」
感嘆の極みだった。想像の斜め上の世界をディアナはどうも視ている様だ。

キュン、――ドゴォンッ!
体軸を急回転させての巨木の様な痛恨のラリアットがアリエスを飛ばした。
「――ぎゃっ?」
ウォォオオ――ンッ!!
勝利を確信したのか、タイタンが勝ち誇った雄叫びを喉奥から張り上げる。
「ッ? ぐッ、――アリエスッ!」
「……ぇ? ……私っ。なんで?」
記憶が昏倒したか、宙を旋回中のアリエスがふらふらと地上に降りて来る。
手中の大鎌が消失している。傍目にも無防備の状態にある事は明らか――。
「トドメダッ、ラクニシテヤルッ」
ヴォンッ、――ゴォオ――ッ!!
乾坤一擲のタイタンの鉄槌攻撃が、蹲るアリエスの頭上へと襲いかかった。
「アリエッ? ……おぉおッ!」
ガチンッ、――ドガァアッ!!
撃鉄を起こし様、爆風を炸裂させるジュン。凝縮霊子弾が巨漢に激突した。
「ゴッ? オォオオオ……ン……」
ズゥ――……ン。
地鳴りの様な重低音の咆哮を発しながら、タイタンが堪え切れず後ずさる。
「グゥォ……ォォァァアーー……」
ボロ、……ボロ……。
最大火力の神霊力を至近距離から浴びたその巨体は、崩壊が始まっていた。
「オノレェエッ、ルシファァアッ」
ウォォオオ――……ン。
タイタンの雄叫びが大気を共振させる中、ジュンはアリエスの下へと急ぐ。
「アリエスッ! しっかりしろッ」
「ぇ……っ、貴方、誰なの……?」
ザザァ――……。
駆け寄るジュン。懸命の呼び掛けに脅える姿は普段のアリエスとは程遠い。
眼は潤み、その震える小さな体躯からは嘗ての高慢なリリスの面影はない。
「……どこ? お兄ちゃん何処?」
幾度か似た経験はあった。昏倒した時のアリエスは、本来の依り代に戻る。
今のアリエスの依り代は、ミシェットが蘇生術を施したとある少女だった。
「俺だ、ジュンだ、忘れたのか?」
「ジュン? ……ジュンって誰?」
「くッ、……また、記憶が……ッ」
苦悶に歯噛みするジュン。こうなったアリエスを元に戻すのは中々厄介だ。
「何処なのっ? お兄ちゃんっ!」
「アリエスッ! ……ぐぅうッ!」

正気に戻すべく、暴れる少女の両肩を強く掴むが、直ぐに不可能だと解る。
「……ッ!」
リリスの記憶の欠片を封じたネックレスが必要だ。が、今は手許にはない。
目下バベルのミシェットが所有しているハズだが、彼女と連絡が取れない。
「余所見か?」
ザぁ――ッ。ドシュッ!
金色の影が、ジュンの視界を遮った。光る剣身がジュンの胴体を一閃した。
「おぉおおッ」
――ガギィイッ!!
衝撃が身体を震わせる。予測されたヘラクレスの斬撃だが――対策済みだ。
「――ッ!!」
「……ぐぁ?」
全身を駆け巡る衝撃の中、ヘラクレスが聴いたのは、極度に冷たい低い声。
「……反射だ」
「な、何ィ?」
――ゴバァ……ッ!!
粉砕された甲冑の一部が、宙に舞い上がる。瞠目に眼を見開くヘラクレス。
全力で斬り飛ばしたと確信したハズのジュンの総身は、ほぼノーダメージ。
「……悪いが今はッ!」

ガチン――ッ!
撃鉄が鳴る。ジュンの眼が怒りに燃えている。霊力は当初の観測値の万倍。
「ばッ……バカなッ?」
斬撃の威力がそのまま己に跳ね返って来た事に気付いたが、――やや遅い。
ルシファーの防御力は知っていたが、まさか攻撃をそのまま反射可能とは。
「……ま、……待てッ」
成す術なく宙に浮いたヘラクレスが命の危機を察知する。が、時既に遅し。
「構ってる暇がないッ」
キィィイイ――。その場に居合わせた一同の視界が、眩い閃光に染まった。
「待てルシファーッ!」
「爆裂無反動砲ッ!!」
カッ――。……――ドッガァアッッ!!
爆音。純白に呑まれた刹那の狭間、炸裂した霊子弾が宙に大輪を咲かせた。


