Excalibur



 ゴゥン、ゴゥン――。
 期間限定で特設中のタイムズスクエア・ホイール。ゴンドラが登ってゆく。
「てっぺんまで登って、歳をとって下ってゆく。人生の縮図だな」
「時間の流れに沿って、周りの景色を楽しむって素敵じゃない?」
「……良い事を言うじゃないか。どうした? 熱でもあるのか?」
「ないってば。バカ。一言余計っ!」
 ムス――っ。
 対面に腰掛け、不機嫌顔を作るディアナ。すっかり落ち着きを戻していた。
「このゴンドラって凄く揺れるよね? 落っこちたりしないかな」
「……まぁ大丈夫じゃないかな? 過去に前例も特に無い訳だし」
「まーそーだよねー。でも、上空は風が強くて、結構揺れるよ?」
 ゴトン、ゴトン――。
 突貫工事で建てた観覧車だけあってか、足場の不安定性からかなり揺れる。
 待ち時間フリーのファストパスで乗り付けた価格に見合わないサービスだ。
 が、事を荒立てたくない。――乗れるだけまだマシだと思い込む事にした。
「……せっかく、可愛い顔をしているのにな……。勿体ない……」
「ん-。なんか言ったぁー?」
 聞いてか聞かずか、むっつり顔を窓の景色に向けたまま、ディアナが呟く。
「いや、……何でもないよ?」
 愛想笑いで応じる直人。普段、笑い慣れていないせいか、笑顔が引き攣る。
「夜景見てるから黙っててね」
「……あぁ。わかったよ……」
 ゴゥン、ゴゥン――……。
 カジノで一躍お尋ね者となった二人だが、ゴンドラの中は目下安全地帯だ。



 閉鎖されたカジノ・ホールからの脱出は、直人にとって意図も容易かった。
 特設配電盤をショートさせメイン電源を落とす。後は手動で防火扉が開く。
 真っ暗闇の中を、衆目から離れた隅の区画からこっそりと抜け出して終了。
「……」
 普通の人間では出来ない事が、帯電特質の備わった直人には出来てしまう。
 が、その力は縛りでもあった。事故死した被害者達の無念を晴らす為の力。
 復讐鬼と化した己の使命を完遂させる為、犠牲者達が背負わせた特殊能力。
「……まだ、お兄ちゃん、約束守れていないよな……もう少しかかる……」
「へ? 今、誰と喋ってんの?」
「あ、いや……、何でもないよ。ただの独り言だ。……気にしないで……」
 直人の心中には今も楓が、――愛する妹が息づいている。だから頑張れる。



 ゴゥン――、……ゴォンッ!
 重低音が響き渡った。ゴンドラ内部が大きく揺れる。外部を確かめる直人。
「ッ?」
「急に止まったんだよ。ぁたしじゃないっ」
 咄嗟にディアナが否定するが、彼女の仕業ではない事は既にわかっていた。
「計器類の故障の様だな……。俺が乗っていたせいか……?」
 両手を検める直人。興奮時に励起せしむる磁気パルスは特に発していない。
「分電盤か、動力盤か。変圧器の不具合かもしれないが……」
「脱出する? ぁたし、このままでも別にいーんだけどぉー」
 対面に悠長と腰掛け、含み微笑うディアナ。非常事態には慣れている様だ。
 万一の際は得意のスラスターで自由に空を飛翔できる為、余裕なのだろう。
「……リムやスポーク伝いに地上に降りるのも悪くはないが」
「降りちゃったらつまんないじゃん。もちょっと乗ろっね?」
「……夜景を楽しむのも、まぁ、……悪くはないかもな……」
 ディアナに合わせて、束の間の時間ではあるが、夜景を楽しむことにした。



 オォオォオ――……。
 観覧車のてっぺんから見渡す夜の繁華街。確かに絶景の見晴らしではある。
「どうせなら、……楓と。妹とさ、一緒に見たかったな……」
 ぽつりと呟く直人。
「はぁー。デリカシーない奴。……妹さん居たんだっけね?」
 ため息を吐きながら、ディアナが窓に注いでいた視線を、直人へと戻した。
「生きてたら、ぁたしじゃなく彼女と夜景を見てたかもね?」
「……いや。アイツは多分、人並みの結婚をしたハズだから」
 ディアナから外した視線を、遠い夜景へ向ける。そこには楓が視えていた。
 束の間の安息に耽る直人の網膜には、嘗ての妹の元気な笑顔が映っていた。
「観覧車に乗る相手は、間違っても俺であって欲しくないな」
「ふーん。結局どっちなの? 言ってる事が良くわかんない」
「ふふッ。俺も何言っているのか、良く解らないよ。変だな」
「喋るのやめよっか。夜の街ただ眺めてるだけで良くない?」
「……わかった、そうしよう。お前もその方がいいだろ……」
 ディアナの提案を呑む事にした。ぼんやりとただ夜景を眺め、心を休める。
 ざわ、ざわ――……。
 外部で喧騒が上っているのが聞こえる。電気工事業者の車が到着した様だ。



 ――ガゴンッ、ゴォン。
 振動が響く。高高度の突風に煽られ、ゴンドラの揺れが大きくなっていた。
「きゃあっ!」
「……ッ!?」
 ――ドゥッ。
 不意の揺れに体勢を崩して倒れ込んで来たディアナを、間一髪抱き留める。
 思いがけず胸元に飛び込んで来た彼女を、直人が抱きしめる形にはなった。



「大丈夫か?」
「ぁ……ぅん」
 オォオォオ――……。
 決して広いとはいえないゴンドラ内部に、たちまち気まずい沈黙が漂った。
「……? 何時までこうしてるつもりだ?」
「ぇ? ぁ、ちょっと腰捻っちゃって……」
 ……シーン……。密室に訪れる、束の間の静謐――。
 電源が落ち、辺りは暗かったが、夜眼の効く直人には彼女の表情が視える。
「……?」
 気のせいだろうか。――頬が紅潮している。俯くディアナの顔は赤かった。
 若干力が入っている。抱きつく華奢な身体は、心なしか緊張している様だ。



「腰を捻ったって、……お前、老人かよ?」
「……っ」
 素っ気ない一言に、ディアナはぱっと手を離すと、元の対座に座り直した。
「ん? 腰の具合、もう良くなったのか?」
「るっさいなっ! もぅ治ったよバカっ!」
「……?」
 何だか怒っている様に見えるが気のせいだろうか。女心は良く分からない。
「つまずくなんて、案外ドジっ子なんだな」
「るっさいっ! 黙ってろバカ、変態っ!」
「……」
 失笑する直人。本来だったら楓も、こんな風に育っていたのかもしれない。
 


 ガゴォンッ! ――ゴゥン、ゴゥン……。
 配電盤が治った様だ。室内灯が点灯し。ゴンドラがゆっくりと動き出した。
「良かった。どうやら治った様だな」
「……まーね。ぁたしが治したから」
「は? お前がか? どうやって?」
 拗ねた様な目で一瞥すると、仏頂面のディアナが不愉快そうに吐き捨てる。
「サイコキネシス使ったの。悪い?」
「サイコ? ……お前の頭が、か?」
「バカ。つまんないからそーゆーの」



「……」
 あまり刺激するのも反感を買うだけの様だ。直人は話題を変える事にした。
「歳を取るって、こういう事かな?」
「んー。なに? なんか言ったー?」
 窓の外を眺めるディアナから、随分と冷めたつれない返事がかえってくる。
「こうして終着駅に向かうんだよな」
「ぁんただけ先に降りてればぁー?」
 素っ気ない態度に戻ってしまった。一体何処で間違ってしまったのだろう。
「……幸せな事なんだよな、これは」
「さっきから何言ってんの。バカか」
 不貞腐れた態度のディアナを一旦意中から外す。自分と向き合う事にした。
「……」
 楓や他の犠牲者は、意にそぐわぬ強制下車を強要された。無念だった筈だ。
 人生の中で移ろいゆく周囲の景色を愉しみ、降りる際は、足跡を整理する。
 最後まで辿り着けなかった無念の魂が多数存在する。楓がそうだった様に。
「……」
 楓が、本当に望んでいる事は、果たして復讐なのだろうか。それとも――。



 ――ゴゥンッ!!
 ゴンドラが大きく揺れ、対面側のディアナがむっつり仏頂面で席を立った。
「あーもぉっ。到着しただろバカっ」
「……あぁ。だな、……降りようか」
 ガチャ――、バタムッ。
 扉を大きく開け、地上に降り立つ二人を、待ち構えていた警官隊が囲んだ。
「わっ、んだよコイツ等っ、直人!」
「手は後ろッ! 前を向いたまま腹ばいだッ!」
「とっととしろッ! 逃げられると思うなよッ」
 直ぐ傍に、屈強な警官隊に力づくで組み伏せられるディアナの姿が視える。
「お前もだこの野郎。ヘンテコな服被りやがってこのバカ野郎ッ」
「……ぐッ?」
 ガッ――、――ギリリ……ッ。
 一際大柄な髭面の男が、荒々しく直人の両腕を掴み、後方に捩じり上げる。