Excalibur



 オォオォオ――……。
 空高く雲を衝いて天穹へと聳え立つ塔。正体は天界の特設した監視塔だ。
 バベルズ・タワー。最上階の執務室に縦ロールの金髪女性が座っている。
「今回の月の謀反。首謀者はやはり、……ハデスで間違いない様ね」
 月――。嘗てジャイアント・インパクトを企図した月の住人を示す呼称。
「えぇ。左様で御座います。ユノとの協定を独断で破棄したものと」
 対面の金色の絨毯に傅く従者はリー・サンダー。ラファエルの内包者だ。
 定例のオンライン談議とは違い、今回はデジタル漏洩を警戒しての謁見。
「ところで、傷はまだ痛むの? その、ドローン攻撃だったかな?」
「えぇ。奴には油断しました。……が、同じ手は二度と喰いません」
 ギリッ――……。
 憤怒に歯軋りするサンダー。通勤の途中で浮遊ポッド群の特攻を浴びた。
 ゴースト「木崎直人」に負わされた負傷は、未だ回復しきってはいない。
「宜しい。貴方の分析力を疑う訳ではないですが、情報の確度は?」
 諜報源は天界探査衛星と海底ケーブル、中央情報局から送信されている。
「得られた諜報を分析した結果ですので、ほぼ間違い御座いません」
「……そうね……。確かにハデスの謀略で疑いがない様ですが……」



 ギシ――。
 瀟洒なバルーンバックチェアに凭れ掛かると、ミシェットは眼を眇める。
「殊にサンダー。中央のエバンス長官はまだ信用出来そうですか?」
「はッ。……あの小賢しい小役人めですね。そちらも心配無用です」
 御安心下さい。とでも言いたげに、鷹揚な眼差しを相手に注ぐサンダー。
「奴の所持する各種デバイスに既にバックドアを仕掛けております」
「……アイラブユー? エモテットかしら?」
「お嬢。……フェニックスで御座います……」
 誇らしげに断ずるサンダー。天界機密部門が開発した高性能ウィルスだ。
 誰にも気付かれず、標的の保有する全情報を漏れなく極秘裏に盗みだす。
「……フェニックス。完成していたのね……」
 高機能ウィルスのごく短期間での開発。及び可及的速やかな技術の運用。
 感嘆気味に眼を細めるミシェット。サンダーの手腕は超一流に違いない。
「宜しい。で、現在、地上とその周辺状況はどうなっていますか?」
「はッ。天界回線が遮断されており、恐らく月の住人達の仕業かと」
 ミシェットの顔色を抜け目なく窺いながら、やおら言葉を濁すサンダー。
 先方の出方を待つ事で己のミスを低減、尚且つ相手の意向も汲み取れる。
「すると現時点では、現場と連絡がつかない状況という事ですか?」
 キビキビ口調で問い質す縦ロール金髪女子が束の間、困惑顔を浮かべる。
「サンダー。貴方の代役を、当座はジュンに任せていたのだけれど」
「……えぇ。承知しております。この私めが迂闊であった為に――」
 サンダーの眼差しが物憂げに沈んだ。ジュンは争い事には不向きな男だ。



 絶大な神霊力とは裏腹に、優し過ぎる。出来れば巻き込みたくなかった。
「先日、カミュからも頼まれましてね。奴を任務から外してくれと」
「……あの子らしいわね。ジュンには実の兄の様に懐いてますから」
「アレ程いがみ合っていた仲だったのに。不思議なものですね……」
 目線を落とすサンダー。暫しの沈黙を経て、ミシェットが美声を投ずる。
「コズエに連絡を取り付けて下さい。以後は彼女に仲介を任せます」
「早川ですか? 本日ブロードウェイの公演初日との事ですが……」
 ――はぁ……。
 意を決すかの様に嘆息すると、サンダーは頭を上げてミシェットを視た。
「……承知致しました。この私が全責を以て助成を依頼しましょう」
「頼みましたよサンダー。現場の指揮権も彼女に託してみましょう」
「成る程。確かに彼女も指揮系統を学ぶべき頃合いやもしれません」
「では、これより私はストラディと会談があります。また、後ほど」
「はッ。……失礼致します、お嬢……」
 ――ガチャ、バタン。
 慇懃に一礼すると、扉を抜け回廊へ下がるサンダー。執務室を後にする。



 ヴロロロロ――……。
 ダッジ、シボレー。往年のマッスル・カーがブロードウェイ通りを行交う。
 芸術と文化の街ニューヨーク。タイムズ・スクエアは雑踏で賑わっていた。
『♪宵の明星~機動熾天使セラフィムレイヤー、絶賛公演中っ♪』
 劇場内に設置された液晶の外壁ビジョン、デジタル懸垂幕が予告編を演出。
 建物のビル壁面一帯を、番宣のプロジェクションマッピングが豪奢に彩る。
 ピ、プルル――……。
 天界からのダイレクト・キャッチを受けたショートヘアの女子が応答する。
「はい、こちらハヤカワ。ご用件をお伺いします」
 ざわ、ざわ――……。
 喧騒の満ちるロビー。興奮冷めやらぬ会場内を流暢な英語で応ずるコズエ。



 観客席はほぼ満場。今しがた初日のミュージカル本公演を終えたばかりだ。
 芸術的センスに長けた彼女は人間界で女優業に進出後、成功を収めていた。
『サンダーだ。つい先ほど地上で動きが起きた。謀反人はハデス』
「冥界の王が? 要はジャイアントインパクトの続き、って訳?」
『まぁそういう解釈も出来なくはない。が、事態はもっと深刻だ』
「お姉ちゃーぁんっ。色紙にサイン書いて~っ!」
「ちょっと待ってお嬢ちゃん。今ね、電話中なの」
 シャ、シャ――ッ。
 やんわり断りを入れつつも、手慣れたペン捌きでサラリとサインに応ずる。
「ありがとーお姉ちゃん。今度の公演も楽しみにしてるねーっ!」
「ぅふふ」
 にこやかに手を振って声援に応えると、そのままキャッチの続きに入った。



「深刻って、まぁ容易に想像できるけど。要は侵略行為でしょ?」
『その背景に何があると思う? 連中が焦り出した主な理由は?』
 含みを篭めたサンダーの質疑に、コズエはあっけらかんと率直に応答する。
「暴走温室効果かしら? 嘗ての金星がそうだったらしいけれど」
 一寸の間を置いて、おもむろに美麗な独自解釈を滔々と講釈するサンダー。
『その論理で大体の辻褄は合っている。他にも仮説は色々あるが』
「例えばマントル内部の温度変化に適応しきれなくなったとか?」
 素早く的を射た模範的解答に、受話口の向こう側が感嘆めいた笑みを零す。
『……現地の状況を偵察し、バベルに居るお嬢に報告して欲しい』
「貴方は負傷してるものね。解った。報告を終えて舞台に戻るわ」
『気付きがあらば逐一報告しろ。私も現状の把握と分析に尽くす』
「……了解」
 ピッ――。
 通話を切ると、ショートヘアを撫で付け、ガラスミラーの前で笑顔を作る。

 

 表情を色々と変えてみる。直近ではえくぼが可愛いと高好評を受けていた。
「……ふぅ」
 日本在住のジュンに会うのも久しぶりだ。が、今回の目的はハデスの討伐。
 嘗てユノを誑かし、ジャイアントインパクトを企てた影の黒幕と目される。
 冥界の王相手に油断や慢心は禁物。気を引き締めて事に当たる必要がある。



 極夜――。約六六度。殆ど日の当たらない限界緯度を越えた極寒の極圏地。
 グぁッ、グぁッ――。
 日中も薄暗い高湿度の森の只中は、奇っ怪な鳥の鳴き声がこだましている。
 極低温でも生息可能な変温動物が生態の主体だが、稀に哺乳類が出没する。
 オォオォオ――……。
 鬱蒼と茂った魔界の山頂に聳え立つ令嬢ストラディ・ヴァ・リウスの古城。
 豪奢なペルシャ絨毯が敷設された室内は、骨董品が所狭しと飾られている。
「隕石の首謀者ですからね? いずれ仕掛けて来るとは思ってましたわ!」
 ばり、ばり――っ。
 カウチポテチを愉しみながら、ドレス姿の少女が大好きな洋画を鑑賞中だ。
「まぁ大体予想はしてましたわ。あの狡猾者が条約を反故しましたのね?」
 ソプラノの上品な美声を持つドレス姿の女子はヴァリウス国王の一人娘だ。
 未開の極地に広がる魔界の北部を統べるヴァリウス国王の令嬢に該当する。
『そういう解釈で動いています。現地は謎の結界らしき靄で覆われていて』
「あぁ。地底人特有の霊的な力、マグマですわね? 厄介な相手ですこと」
 ――はぐ。ばり、ばりっ。
 オンライン通話の最中も、ストラディは習慣のカウチポテトを欠かさない。
『ちょっとストラディ。通話中に食べる悪い癖、何とかならないかしら?』
「大丈夫ですわよ。ちゃんと貴女の声は聞こえてらしてよ。おーほほほっ」
『……っ』
 ――シーン……。
 ソプラノの能天気な笑い声に、受話口の向こうが気まずげにやや沈黙した。



『恐らく総出の大規模な戦闘になる。貴女の力添えを頼みたいのだけれど』
「はぁ。わたくしの力を? まぁ宜しいですけど。高くつきますわよっ?」
『ポテチ一年分でどう? 今なら無料券も付いてくるわよ』
 口早に囁くミシェットの声のトーンが、ここぞとばかりに鋭さを発揮する。
「っ! い、……一年分? ポテチを一年分ですってぇ?」
 ばり――っ!
 大仰に喚きつつ、洋画の内容もそっちのけでポテチを噛み砕くストラディ。
 獲物が食いついたタイミングを見逃さず、ミシェットは素早く懐柔に入る。
『貴女の大好きなピザポテト。無料チケット付きでどう?』
「わ、……分かりましてよっ! もぉ約束ですからねっ!」
 バリっ。大口を開けてポテチを頬張ると、ストラディは一気に嚙み砕いた。