
ガヤ、ガヤ――……。
路地裏からネオン煌めく繁華街へと身を滑らせる二人の亜空間内探訪者。
「で、これからどーすんのよー。当てはあンの?」
「……見通しは立っている。ハデスを倒しに行く」
ザッ、ザッ――。
雑踏を歩くのは慣れているとみえ、直人はぐんぐん人混みを進んでゆく。
「ゎ、っと」
――ドンっ!
厳つい体格のガテン系と身体がぶつかり、ドシンと尻餅をつくディアナ。
「ぅ~~、……痛った~ぁい……」
「おう、何処のガキじゃわれぇッ」
倒れ込んだ青い髪の少女に詰め寄ると、中年のガテン親父がおらついた。
「ざけてンのかぁゴルァあ~ッ!」
「……ちょっとぉ。謝ったらぁ?」
「はあ? 誰が誰に言うてんじゃ」
ぶはぁ~~……。
上体を屈めてズイっとタラコ唇を近づけると、煙草臭を顔に吐きかける。
「ぅゎっ、臭っさ! こらぁっ! 顔を離せよこのバカちんっ!」
「あぁ~? 黙ってりゃ~生意気ゆうとんのぉコンガキャァあッ」
――ビキビキッ。
顔を真っ赤に火照らせた酔っ払いの中年親父がこめかみをビキつかせる。

「お仕置きしたるわッ! 地べたで四つん這いじゃゴルァあッ!」
「ひぃっ。な? やめてよっ! 何しやがんのよこのタラコ唇っ」
バタンっ、ドタンっ――。
両腕を引っ掴まれ、苦悶に顔を歪めたまま手足をバタつかせるディアナ。
「ンのガキャ! わからせたるッ。一般常識叩き込んだるわッ!」
「おい、オッサン何やってンだ。こんな路地裏で女相手によ……」
ガッ――。
不意に、強い力が肩を引っ掴んだ。鬼面の相で背後を振り向く中年親父。
「おぃいッ? なんじゃわりゃッ、何か文句あン、――ぶっ!!」
「シッ」
――ドゴォッ!!
雑踏に轟く重低音。振り向いた中年親父の横っ面が、真横に弾け飛んだ。

ズダァンッ! ザザァ――ッ。
吹き飛ばされた中年親父が、慌てて立ち上がり、捨て台詞を吐いてゆく。
「ンの野郎ォおッ! 覚えてやがれぇえッ!」
「……知るか。ほら、何時まで座ってやがる」
スッ――。
差し伸べられる繊細な手指。顔に似合わず、朴訥な優しさをみせる直人。
「ぇ? ぁぁ、ぁりがと……っ?」
__手に触れて、唖然とする。その触感や指使いに、最近、覚えがあった。
「……っっ」
「ハデスに監視されているな……」
ざわ、ざわ――……。
夜の雑踏の中、一頻り辺りを見渡していた直人が、やおらフードを被る。
「俺は一旦、奴から姿を隠す。後は何時もの様にモールスでやり取りだ」
「……ぁ、ぅんわかった。つっても、ハーデスの気配が良く分かるね?」
「気付かない方が間抜けだろ。ここはセレスの結界内だが、同時に……」
カシュ、カシュッ――。
コインの擦過音が、後を補足する。
『ハデスの意識下でもある。セレス固有の周波数が侵食を受けているな』
「ぇ、なに? つまりセレスの意識がハデスに乗っ取られてるって事?」
『……まぁ、そんな所だ。あの娘を救い出すのは、諦めた方がいい……』
「そんなっ? やだよ、折角お友達になれたのに。私、諦めないからっ」
カシュ、――……。
コインの擦過音が、優しくなった。
『……だな。諦めたら駄目だ。しかし現実を確りと直視する事も大事だ』
「わかってるよっ! そんな事は解ってるんだ! もぉ黙っててよっ!」
『なら、お前が今から進むべきルートは解るな? ……セレスの居城だ』
「黙れっ! この、……――変態っっ!」
ザッ――。
涙声で叫ぶと、ディアナは踵を返す。セレスの屋敷迄の道は解っている。

タタタ――……。
ネオン煌めく賑やかな界隈を抜けて、石造りの海岸沿いまで戻って来た。
「はぁっ、はぁっ」
ザザァ――……。
潮騒。夜の海面は街灯に煌めいて綺麗だが、底知れぬ深淵さを併せ持つ。
「はぁっ。セレスっ、……今、助けに行くからねっ!」
『用心しろよ。恐らくハデスが待ち受けているハズだ』
「るっさい。言われなくてもわかってるっつーのっ!」
タタタ――……タッ。
正門前で厚底の靴音が止まった。見た事のない巨像に絶句するディアナ。
「っ!?」
ウォォォォ――……ン。
低い唸り声を発して動き出した巨像の正体は、嘗ての二体の門番だった。

「くっ、チャールズ、アトキンソンっ!」
『……へぇ。そうかい?』
ザぁァ――……ッ。
捲れ上がるミニスカ。眼を瞠ったディアナの傍らを、疾風が過ぎさった。

「きゃっ」
ドガガガガガァァ――ッ!!
絨毯爆撃の様な轟音が反響する。ディアナの眼前で烈火が咲き飛沫いた。
「ギギギ、ガガガ、……」
「グ、ギギ、……ガッ?」
――ビシィ、ビシビシッ。
聳える左右二体の巨像兵の動きが停止。螺旋状の亀裂が伝い走ってゆく。
「ぁ……ぇっ?」
ゴガガァァァ――……ッ。
巨像を象っていた組積造が崩落し、一斉に雪崩れ落ち瓦礫の山と化した。
カシュカシュ――ッ。
コインの擦過音が手早くメッセージを告げる。
『時間を無駄にするな。悠長に泣く位なら、今やれる事に全力を尽くせ』
「ぁ~っ、……るっさいっ! わかってるっつーのっ!」
ギィ――、バタンッ!
大扉を開けて滑り込むディアナ。セレスの部屋は階段を上がった三階だ。

カンカンッ――。
砂岩状の敷石で組まれた螺旋階段を駆け上がるディアナ。青い靄が続く。
フィン――……、バチバチ、――ボン、ボンボンッ!
接近してきたボール状の超小型ドローン群が、片っ端から爆発してゆく。

「……っ?」
『振り返るなッ。真っ直ぐ前だけを見て走り続けろッ!』
「る、……るっさいっ」
カンカンカン――ッ。
靄に叱咤されるままに一気に駆け上がると、真っ赤な絨毯回廊が現れた。
『フッ。奴さん、いよいよ余裕がなくなってきた様だな』
「奴さんてハデスの事? 余裕が無いってどーゆー事?」
ダダダ――っ。
紅く伸びた回廊を真っ直ぐ走り抜けながら、靄に向けて尋ねるディアナ。
『まぁ早い話が、異端分子が紛れ込んじまったせいだわ』
「……。ん~。要するにぃ~、直人のお陰って事よね?」
タタ――っ。
回廊の突き当たりに設えられた豪奢な紅いドア。そこがセレスの部屋だ。

「っ!」
――ヴヴヴ……ッ。
突如、灰褐色の外套を羽織った初老の男が宙から現れ、行く手を阻んだ。
「……失礼ですが。お嬢様は就寝中です。ここから先は通しかねます」
「そこ退いてってば! つかぁんた誰? 名前くらい言いなさいよ!」
「いえ、名乗る程のモノでは御座いません。それに不法侵入ですよ?」
不敵な笑みを口元に象りながら、男がディアナの愚行を慇懃に示唆する。
「そっちが非道な真似してるんだから。こっちだって構わないよね?」
「……ご自身の非礼を棚上げ、当館管理責任者の私めを攻撃ですか?」
口許に意味深なニヤけ笑いを浮かべて、初老の男がディアナを嘲弄する。
キラリ――。獲物を射止めるかの様な鋭い眼光が、邪悪な煌きを放った。
「もちろん、こんな夜更けに単独でいらした訳では無いのでしょう?」
「……っ、な、何が言いたいの?」
『退いてろ』
カシュッ――。
コインの擦過音が微かに鳴った。パリッ。手狭な回廊一帯が導電化した。
「……む…ッ?」

「春霞――」
ドキュッ、――ドゴォッ!!
一帯を瞬時に磁場と化し、自らを射出する電磁砲の一撃が男を打ち抜く。
「直人っ!」
「ぐッ!?」
――ガクンッ。
瞠目するディアナの眼前で、痛烈な打撃を胸に浴び片膝をつく初老の男。
「……ごぱァッ!?」
何が起きたか理解不能といった驚愕の面相で、口から血反吐を噴き出す。


