Excalibur

 ズバッ、ザンッ、バシィ――ッ。
 宙空で身体を捻り、前屈や後屈を駆使し紙一重で避け続ける技量が光る。
 無数に突き出す槍の穂先が、掠りもしない。艶やかな演舞が展開される。
「下洗先生っ! 早くっ。こっちこっちぃ! 凄いですよぅっ!」
 ディアナの即席ダンスに魅了された安田が、格闘中のハゲ洗を招待する。
 バキィ――ッ。
 殴打音がして、ゾンビの横っ面が豪快に弾け飛ぶ。荒ぶる中年太鼓ッ腹。
「おぉぃッ! 安田ぁあッ! お前だけズルいッちゅーねんッ!」
「……貴女、……確か……っ!?」
 オォオォオ――……。
 攻撃を繰り出すセレスの眼が何かを思い出したかの様に見開かれてゆく。
「……そうか、……あの時のっ!」
 ピピピ――ッ。
 セレスの左前腕に装着されたガントレットが演算処理を弾き出している。
「……くっ。……お姉ちゃんっ!」
 ギギッ、――。異常な数値が弾き出され、思わず歯噛みするセレス――。
 真一文字に食い縛った光沢のある口元が、更にギッと引き締まってゆく。 
「……速い……」
「見えんのか?」
「まぁ、……な」
 ジュピタ―の問いにも応じず、息つく間もない攻防に眼を奪われる直人。
 確かに速い。紙一重で避ける技量も洗練されている。が、自分なら――。
「手に、……負えない相手じゃあない」
「んー。お前の手には負えるってか?」
「……いや、そうは言っていない……」
 ディアナの動きは、一寸の無駄がない。が、木崎流の奥義であれば――。
 状況は変化する。ディアナが敵に回った場合を想定し備える必要がある。



 わぁ――っ。
 ゾンビを蹴散らして後陣に駆けつけた下洗と安田が、颯爽と囃し立てる。
「っしゃあッ! そこじゃあッ! やったれやゴルァあッ!!」
「素敵ですよぅディアナちゃぁんっ! 凄いぃ最高ですぅう~」
 最前列に陣取り声援を投げかける様は、まるで即席のコンサート会場だ。
「……」
 キィィイ――……。
 意識を更に集中させるセレス。傍ではアポロンがだらしなく伸びている。
「っ!」
 ザン、ザン、ザン――……。
 地表から飛び出す無数の槍が跳躍中のディアナを追尾するが当たらない。
「フッ、……成る程な」
「何か分かったのか?」
「……バーニアだ。動態制御にバーニヤを使っている。技量が凄い」
 フィィィ――……。
 両手に携えた巨筒砲身は、背面がスラスター推進装置の様になっている。
「へぇ~……。あの銃器が、そんな用途にも使えンなんてなぁ~?」
「霊力を銃器化した物だな。一部を燃料に変えて上手に使っている」
 直人の双眸がキラリと光る。エネルギーを己の内部で変換して使う技量。
 火~水~風~土~光――。五元素を転用、用途に応じ変換しながら使う。
「フッ。……その発想は無かったな……」
「ん? あれ見て、何か分かったのか?」
「……まぁな。まだ思案段階だがな……」   
 ジュピターのぼんやりした問に、直人ははぐらかす様にぼかして応じる。
 鍛錬次第ではあるが、エネルギー変換技術をモノに出来るかもしれない。



 キュィィ――……。
 共鳴音を発して、ガントレット内蔵量子コンピュータが高速演算を開始。
「……お姉ちゃん」
 パァ――……ヴヴヴ――……ッ。
 補足しきれない相手を前に、セレスは固有結界を展開して捕獲に入った。
「っ?」
 フィィイ――……。
 携えたスラスター銃器で宙空にて姿勢制御しながら、目を瞠るディアナ。
「捕まえ……たっ」
 パキィ――ッ……。
 視認せざる円柱形の立体空間が展開され、ディアナを内部に封じ込める。
「はぁ、はぁ……」
 固有結界の創出に相当量のマグマを消費したとみえ、息切れを隠せない。
「おい、何じゃどないしたんじゃッ! なんやねんこりゃあッ!?」
「あぁ~っ! ディアナちゃんがぁっ、捕まっちゃったよぉおっ!」
 わぁぁ――……。
 観衆二人の悲痛な叫びが遠ざかる中、ディアナの前に古修道院が現れた。



 オォオォオ――……。
 眼前に広がる荘厳な外観の修道院は、白石と赤レンガ造りの古建造物だ。
「……」
 ヒュォォォ――……。
 殺風景な石畳に空風が吹き荒び、アーチ門が聳え立つ。人通りは少ない。
 時間の流れが停止しているのが直感的に解る。誰かの心象風景の様だが?
「ぇーん。ぇーん」
 修道院の内部から、泣き声が聞こえてくる。声から察するに子供の様だ。
 城門前には、西洋風の甲冑を着込んだ二人の番兵がだらしなく寝ている。
「……はぁ……っ」
 コツ、コツ、――……。
 溜め息をひとつ吐くと、ディアナは石造りの階段を一段ずつ登ってゆく。



 ガチャ、ギィィ――……。
 錆びた音を立て開かれる大扉。その間隙からディアナはそっと侵入する。
「ぇーん。ぇーん」
「……」
 コツ、コツ――……。
 厚底のヒールが乾いた靴音を鳴らす。慎ましやかに歩を進めるディアナ。
 リズミカルに揺れる美尻が燭台の薄灯りに照らされて淫靡な光沢を放つ。
 ピンク色のショーツに包まれた丸い美尻が、今は剥き出しになっていた。
「ぇーん。ぇーん。」
 女の子の泣き声の様だ。悲哀に満ちた泣き声が、上階から聞こえてくる。
「……三階?」
 カツ、コツ――……。
 真っ赤な絨毯の敷設された螺旋階段を上品な所作で登ってゆくディアナ。
 ウィィ――……。館内に埋設された無数のピンホールカメラが姿を追う。



 ガチャ、ギィィ――……。
 扉を開けると、紫色の髪をした小さな女の子が、悲しそうに泣いていた。
「……どうしたの?」
「ぅうっ。くすんっ」
 綺麗な洋風のドレスを着た可愛い少女が、泣き腫れた涙目を向けている。
「何が、悲しいの?」
「ぅぅっ。くすんっ」
 埒が明かない。溜め息ひとつ。ディアナは周囲をぐるりと一望してみた。
 小綺麗に整頓された上品な部屋だ。但し各窓が鉄格子で封鎖されている。
「……大人たちは居ないの?」
「ぅんっ。ぐすん。居ないの」
 涙声で切実に訴える少女。その正体が過去のセレスだと直感的に解った。
「……お姉さんが話を聞いてあげよっか」
「ぐす、ぐすんっ。……ぇっ。ほんと?」
「ぅん。本当だから安心して。……ねっ」
「ほんと……? お姉ちゃんが……っ?」
「ぅん。ほんとだよ?」
 にっこりと微笑みかけるディアナを前に、少女の泣訴が、……止まった。



 育ちが良いとは思っていたが、どうも箱入りで育った貴族の令嬢の様だ。
 外の世界への憧れが強かった半面、恋愛等で厳しく躾けられた様だった。
「もっと経験を積みたいのに、……家訓に縛られて、積めないのか?」
「ほんとはもっと色んな事にチャレンジしたいのに出来なくって……」
 困惑するディアナ。セレス自身の問題だ。自分で道を切り拓くしかない。
「なら、お姉さんと一緒にさ、こそぉ~っと、抜け出しちゃおっか?」
「……? ぇ、ほんと? いいの? 私を外に連れだしてくれるの?」
「まっかせなさいっ♪」
 ドンっと胸を叩き、ディアナは誇らしげに微笑む。セレスの眼が輝いた。
「なら、門番を何とかしなきゃっ! あいつら告げ口しちゃうからっ」
「近衛兵? ぁははっ、あ~、あいつら? 城門の前で寝てた二人?」
「……へ? チャールズとアトキンソンの二人、お昼寝していたの?」
 ぷっ、と笑うディアナにつられ、幼いセレス少女に口許も白い歯を零す。
「なら安心だねっ! お姉ちゃんがいてくれたら、心強い気がするっ」
「じゃ、早速外出よっ。外の世界が見たいんでしょ? 案内するよ!」
 コクっと頷き合うと、ディアナに手を引っ張られて、セレスが追従する。
 タタタ――……。
 無言のまま螺旋階段を駆け下りると、城門前の居眠り門番を避けて外へ。
 暑い日差しが燦燦と照り付ける中。ディアナがセレスを手引きしてゆく。



 ざわ、ざわ――……。
 街中に到着した二人。活気が漲る大通りは、雑踏で賑わいをみせている。
 人々は西洋風のフォーマルな服装で着飾り、お洒落な帽子を被っている。
「どぉ? なにか、欲しい物とかは見つかった?」
「ぅん。なんだか楽しいっ。お外って楽しいね♪」
 売り場の安っぽいドレスを手に取った幼いセレスが、嬉しそうに微笑む。
「そうね。たまにはお外で遊ぶのも良いでしょ?」
「ぅんっ。ありがとね。楽しいよ。お姉ちゃん!」
 ざわ、ざわ――……。
 手を繋いで、色々な界隈を散策し、売り場を眺めては、時を過ごす二人。
 あっという間に時が過ぎ、気が付けば、空は真っ赤な夕陽が登っていた。
「はー楽しかった。ね、人生の経験値は増えた?」
 こんなお祭り位で経験値など増えない。解り切った事だが、聞いてみる。
「ぅ、……ぅん。その、お姉ちゃん、……あのね」
 俯き加減に何事か呟いていたセレスが、顔を上げきっぱりと口を開いた。
「また、……私と一緒に遊んでくれないかなっ?」
「……ぇっ!?」
 硬直するディアナ。ここが誰かの夢の中だと解っている。返事に惑った。
「えぇ。いいけど、今度は、じゃあ何して遊ぶ?」
「何でもいいっ。私と一緒に遊んでくれるならっ」
「……っ」
 破顔する幼いセレスの眩しい笑顔を直視できずに、眼を伏せるディアナ。