
オォオォオ――……。
ぐるりと一同を見渡した太鼓ッ腹中年が、一呼吸置いてダミ声を張った。
「いよッしゃあッ! 駅前ちゅうとこまでダッシュで行こうでえッ!」
「そ、そうですねっ。隠れるなんて無理ィ、ボクも先生に賛成です!」
オォオォオ――……。
即座に安田のよいしょが入る。静寂が一転、視聴覚室が途端に活気づく。
「纏まって行った方がいいな。俺とアリエスが先導する。後方は……」
「私とジュピターが担当するわ。仲間の失態は私の責任でもあるから」
――ザッ。
ツインテールに束ねた青い髪を揺らして、ディアナが颯爽と名乗り出た。

「やっぱハーデスの野郎かよっ。たくしょーもねー事するなっつーの」
苦虫を噛むジュピター。表情から察するに、詳細を知らされてない様子。
「ハーデス? あ、あの、冥界の王って、パチスロなんかで有名な?」
「ん-? パチスロってなぁにー?」
安田の素朴な疑問に突っ込みを入れるアリエス。ジュンが話題を逸らす。
「そんな事よりアリエス、魔力の残量はあとどれくらい残っている?]
「……ぅーん……。ワームホール一発分くらいは。まだ動けるけどぉ」
カシュカシュ――ッ。コインを擦過し、ディアナにやんわり尋ねる直人。
『……ワームホール? 何だそれは?』
『御免なさい……私も良く知らないの』
カチカチッ。つれないタッピングが返ってくる。何時になく冷淡な態度。
『隠れてないで、直接聞いてみたら?』
『……ッ。……』
コインの擦過音がピタリと止まった。逡巡している気配が伝わってくる。

「準備はいいか皆? ――行くぞッ!」
「んじゃーみんな、ついてきてねー♪」
ダッ――。
そうこうする内に、ジュンと黒髪ツインテールの二人が回廊に姿を消す。
「しゃあッ! 足手纏いは残れやッ!」
「そーですねっ! ボク達はいくよっ」
タタ――ッ。
状況を抜け目なく窺う二人も、ジュンの後を追う様にして回廊に消えた。
「行くぞディアナ。しんがりだってよ」
「……ぅん。貴女まで巻き込んで御免」
「んじゃーさ、後でコーヒー一杯なっ」
ダッ――。
にっこり笑い、ジュピターがあとに続く。取り残されるディアナと直人。
『ほら、直人。このままここに居る?』
『いや、……あの連中に着いていこう』
ヴヴヴ――……。
ディアナに促され、一同の後を追う直人。ディアナがしんがりを務める。

オォオォオ――……。
死臭の漂う血塗れの学園には、往時の面影は殆ど残されてはいなかった。
そこかしこに死体の山が堆く積み上がり、血塗れの臓腑が散乱している。
「ひぇ~っ。ぃ、生き地獄じゃないですかぁ~」
「……ぐぅうッ、ワシの大事な生徒達を……ッ」
憤りが収まらない二人を先導しながら、銃を手に慎重に前を進むジュン。
「……しかし手酷く暴れやがったな……、ん?」
ゴゴゴゴゴ――……。
ジュンの眼に、臓腑の飛び散った遺体が映った。殆ど原型を留めてない。
「ッ。何だ、この無茶苦茶な損壊の仕方は……」
「ッ! こないな殺生な事、一体誰の仕業やッ」
「ぎゃぁああっ! もぉお家に帰りた~ぃいっ」
タタタ――ッ。
恐慌に陥る下洗と安田を尻目に、目を凝らし、ほぼ無人の回廊内を走る。
一部の界隈だけ特に遺体の損壊が酷い。ぺしゃんこに圧し潰されている。
「ねぇジュン。これってさ、あの女じゃない?」
「……セレス、か?」
――セレス。神話では豊穣神と謳われ、ジュピターと仲が良いとされる。
圧殺という点で解る。空間内の微量元素を瞬時に物質化する遠隔攻撃者。
だとすれば、――何処から攻撃が飛んで来るか解らない。厄介な相手だ。

オォオォオ――……。
不穏めいた空気が血に染まった学園内に立ち込める。疑問だらけだった。
地底に潜伏していると思われた異星人による突発的とも取れる侵略行為。
「だが、一体、連中が何故? 密約が破棄されたのか?」
「ユーノとの和平条約の事? ミシェットに聞いたら?」
「……ッ」
そういえば――、ミシェットからのキャッチが、ない。天界通信がない。
律儀な性格から、時間にして最低一日毎には何らかの連絡があるハズだ。
「……アリエス、そっちの方に、何か進展はあったか?」
「ストラディ嬢からの伝令? 特になんもないけどー?」
「……ッ? まさかとは思うが、よもや既に――ッ!?」
「そんな事より、レディとジャッカルが待ってんだけど」
「……ぐッ……」
オォオォオ――……。
何気ないアリエスのぼやきがジュンの焦燥感を煽り立てる。時間がない。
既に交戦中なら恐らく戦力的に分が悪いだろう。増援を求めているハズ。

ぎゃぁーーっははははははっ!!
品のないハスキーボイスがスプラッターな青凛学園の回廊内に反響した。
「な、何じゃこの声ぇえッ」
「ひっ、ひぃいい~~っ!」
脅え慄く二人の男。けたたましい笑い声が、ジュンの神経を逆撫でする。
「……ざけやがってぇッ!」
「あの声ってぇ、確かぁー」
にんまり得心めいた笑みを浮かべるアリエス。何やら察知したみたいだ。
「……あぁ、アポロンだッ」
ギ――ッ。唇を噛むジュン。獄炎の使い手だ。その規模はアドルを凌ぐ。
「おーーーっい! 出ぇーてこぉーいよぉーーーーっっ!!」
『……ッ。この声は?』
『……多分、アポロン』
ディアナが何時になく真剣な眼をしている。直人の背筋に怖気が走った。

リストで掴んだだけの付け焼き刃の知識で、未知の異能と渡り合えるか。
『……獄炎の使い手か』
『恐らく。そのフードじゃ一瞬も持たないわよ』
『あぁ。……だろうな』
出会い頭の瞬殺が十分に有り得る――。が、――逃げる訳にはいかない。
ギュゥゥ――……。硬く握り締めた拳が、冷たい汗でじっとりと汗ばむ。
常識が通用する様な相手じゃない。異世界にでも迷い込んだ気分だった。
『大丈夫? 酷い汗よ』
『大丈夫だ。問題ない』
決して強がりではない。直人には積み重ねがある。鍛錬は嘘をつかない。
予想を凌駕した事態に直面した時は、……来世で一からやり直すだけだ。

ぐるるるぁぁああああ――ッ!!
青凛学園の校庭に差し掛かった時、何処に潜んでいたか集団が襲来した。
「来たぞッ! アリエスッ、――俺を援護しろッ!」
「おーけいっ♪」
ダダダ――。
集団に単身突っ込むジュン。手に握った銃口から真っ白な閃光が迸った。
「――爆裂無反動砲(パンツァーファウスト)ッ!!」
カッ、――ドゴォォオオッ!!
爆音が轟き、衝撃波が襲い来るゾンビの集団を木っ端微塵に吹き飛ばす。

「――狂乱艶舞陣(サイクロン)っ!!」
キュルルル――ッ、ズババババッ!!
降りしきる血の雨。飛来した大鎌がゾンビの群れを八つ裂きに切り刻む。
「あんぎゃぁあああーーーーーーっ!!」
しゃわわわわわわ――……。
ハゲ上がった顔面に血のシャワーを浴びた中年男が甲高い絶叫を発する。
「っ!? ディアナっ! 早く来いっ!」
「はっ。ま、……待ってっ。ぁ、……っ」
タタ……――っ。
ずり落ちるミニスカートに気を取られ、もたつくディアナの足が止まる。
「おぉおおッ、――爆裂無反動砲ッ!!」
ドッガァァァァ――……ッッ!!
先導するジュンと黒髪の幽霊少女は戦闘に夢中で後方に気付いていない。
「ぁにしてんだよっ、置いてかれんぞっ」
「はぁ、はぁ……っ。スカートが……っ」
「戦闘服が、壊れちゃったのかぁあ~?」
――ザッ。
ジュピターとディアナを分断するかの様に、間に一体の影が割って入る。

「みぃ~~~っつけ、――……たっ!!」
ギョロ――。燃える様な紅い髪の女が、猫の様な紡錘形の瞳を煌かせた。
ゴォォオオ――。差し伸ばされた右の前腕が、紅蓮の業炎を纏っている。
「っ! ……おい何すんだ、アポロン、止めろっ!」
「ふふっ。ジュピター。ユーノから聞いてないの?」
スゥ――……。
怒声を上げるジュピターの前に、木陰から別の女が幽鬼の様に姿を現す。

軽装のチェーンメイルを可憐に纏った上品な女子は、同朋のセレス――。
「ジュピター、ユーノから聞かされていなかった?」
「……っ? 何をだよっ! 邪魔すんじゃねえっ!」
スゥ――。
眼を逆立てるジュピターに向け、掌が翳される。口元が囁き声を発した。
「問題行動ばかり起こす貴女は、用済みだそうよ?」
「……はっ? はぁああ!? ちょっと、待……!」
「さよなら。おバカなジュピター」
キュゥゥン……、――ドゴドゴドゴォォッッ!!
宙から現出した巨大な岩塊が、瞠目するジュピターの頭上に降り注いだ。



