
……ふぃん……。
はぁと嘆息しながら、ジュンの下へと浮遊する黒髪ツインテール少女。
「で、こっからどーすンの? ワームホールは制限一人までなんだよ?」
「……へ? そうなのか? 人数制限あったンだ、アレ。知らなかった」
ジュンの眼が点になった。アリエスの蠱惑的な姿を下洗が射すくめる。
ドシンッ、ドシンッ。百キロの重量が怒りもあらわに詰め寄ってくる。
「なンぞわりゃあ小娘のガキャアッ! 無礼な痴態晒しおってぇえッ!」
「……は? なにこのハゲ。なんか文句あんの? うぇっ、きっしょっ」
「はぁあ? 何やてぇ? いま何抜かしおったあッ! ドチビがぁッ!」
ビキキ――ッ。
軽蔑の眼差しを頭頂部に浴びながら、下洗がこめかみをビキつかせる。
「だ、駄目ですよ下洗先生ィっ! どー見たって普通の人間じゃないぃ」
「じゃかましッ! このドチビがワシに喧嘩売ってきたんじゃろがいッ」
ギャーギャー。
安田の必死の説得も、頭に血の昇った下洗の憤りを鎮めるには至らず。
「はぁ。誰がいつ喧嘩売ったってー? ジュン、なんでこんなハゲ……」
「ん? 何故ってェそりゃ仲間だからな。俺らの担任だ。下洗先生だよ」
「ジュン。ぁんた絶っっ~~対っ、そのハゲに洗脳されてるわぁ~……」
冷えた眼差しを下洗の頭頂部に据えつつ、ジュンを批難するアリエス。
「で、どーすんだよ。こっから駅前広場ってェとこに移動出来ンだろ?」
「だから一度に一人までだっつってンだろ? なんども言わせんなよっ」
「ジュン君っ! お嬢さんに失礼だよっ。そんなだと嫌われますよっ!」
「……ッ!?」
――ブンブンッ。
アリエスと、安田からも叱責され、ジュンは困惑気味にかぶりを振る。
「お、……おぅ。そ、そうだったな。気が付かなくって、申し訳がない」
「ぁたし、眼鏡はともかくこんな得体の知れないハゲ、嫌だかンねっ!」
「なんやてぇ~ッ!? おいドチビィッ! もっぺん言ってみィやッ!」
ギャーギャー。
一向に鳴りやまない場の喧噪に、下洗の怒りは静かなピークに達した。
「おどれらぁッ! こないな状況でッ、仲間割れしとる場合かいやッ!」
「仕切んなよ、湯豆腐おっさんっ! 河川敷で湯豆腐でも売ってろっ!」
「ゆ、ゆッ、……湯豆腐ぅぅう~~っ!!? 何じゃそりゃあ~~ッ?」
「ぅ、ぐッ、一体ど、どーゆー例えだよ。……感性がまるで解らん……」
肩を落とすジュン。直ぐ傍で、安田が眼鏡の奥をギョロつかせている。
「ん?」
キョロリーー。
異様な視線に気付いたのか、アリエスが怪訝そうな眼を安田に向けた。

「なぁによ。ヒョロガリ。ぁたしになんか文句あんのかっ」
「いっ!? いぃえぇ。べ、別にどうもないですけど……」
「おい、……安田?」
異変を察し、安田の様子を窺うジュン。カタカタ身体を震わせている。
「どうした。何かおかしーのか、安田?」
「じゅ、ジュン君。あの子とは、ど、どーゆー関係なの?」
きょどりながら、眼鏡の奥を忙しなくギョロつかせる安田。酷い汗だ。
「しもたッ、離れぇやジュンちゃんッ、こいつ……ッ」
「や、安田、……お前、まさか、ゾンビに……ッ!?」
「は。い、嫌だなぁ~。噛まれてないですってぇえ~」
……はぁ、はぁ……。
はぁはぁと息を荒げながら、落ち着かなげにアリエスを盗み見る安田。
「ぼ、ボクは、噛まれてないから、ね、……ね?」
アリエスの傍ににじり寄りながら、それとなく自己アピールを始める。
「最初に、ぼ、ボクを連れてってくれませんか?」
「は? ぁたしが? 勝手に決めないでくれる?」
「アリエス、……頼む。緊急事態なんだよ……ッ」
――パンッ!
両手を合わせて懇願するジュン。成り行きを慎重に見定める二人の男。
連中の手前もある。頼りにされてもいる。ここで男の格を落とせない。
「はぁあ? ちょっとそれ、あんまりじゃない?」
尖った牙を覗かせながら、怒りも顕わにアリエスがジュンを叱責する。
「よしゃッ、決まりじゃのぉッ! 安田の次はワシの番じゃなあッ!」
――ザザァッ。
早速の囲い込み。ジュンからアリエスにターゲットを差し替える二人。
「な、何よコイツら、きっしょ……っ。ねぇ、コイツらも運ぶのぉ?」
ジャリ……。
怖気に身震いするアリエス。太鼓ッ腹と眼鏡の二人が慎重に詰め寄る。
「おいッお前ら待てよッ! 変な事、考えてンじゃねーだろーなあッ」
「ひぇっへっへ……。そんな訳ないじゃないですかぁ~ジュン君~♪」
「安心せぇジュン坊ッ。ワシ等ぁ外道じゃないけぇ、任せとかんかい」
「うげぇ~っ。ほんっと~に大丈夫かな? アリエスちゃん心配~っ」
異様な気配に口許をひくつかせて、アリエスが卑しい笑みを浮かべる。
「ぼ、ボクからだっ! さぁ、お嬢さんっ! ボクを運んでくれっ!」
「うぇっ。ほ、ほんとにやんなきゃダメ~?」
「頼む、アリエス。お前しか居ないんだよッ」
「もぉ貸しだからねっ。今度、デートだよっ」
ジュンの熱の籠もった懇願を受け、あっさり折れて承諾するアリエス。
「ぼ、ボクなら何時でもお相手出来ますよ!」
「はぁ~ったく。ほらぁ、早くしなさいよっ」
――くるりっ。
落胆しながら背中を向けるアリエス。途端にどよめきが湧き起こった。
「ぇ? 早くしなさいって、……、何、を?」
「こんガキャあ、わからせが必要じゃのぉッ」
オォオォオ――……。
色めき立つ安田の横では、太鼓ッ腹の中年がこめかみをびきつかせる。



