
キンコンカンコン♪
安っぽいチャイムが鳴り、学園がならず者の雑談や猥談でざわつく。
「おーい。安田ぁ。喉乾いたぞぉー。ポカリ買って来い」
「嫌ですよぅっ! なんで何時も、……このボクがっ?」
抵抗するもやし男の名は、安田。黒縁メガネの、いじられキャラだ。
「お? ンだよ安田ぁ。今日は反抗的じゃねーかぁ~?」
「よしな鴨鍋クン。今、ボクはそんな気分じゃないんだ」
ガタン――。
立ち上がると、安田は襟元のネクタイを緩くほどいて、相手を睨む。
「へ、へへ……。ヤるッつーのか、どーなんだぁ安田!」
ざわ、ざわ――……。
勃発した小競り合いに勘付いた野次馬連中がにやけ顔で集って来る。
「いよッ! お二人さんっ♪ 小競り合いですかぁン?」
「やッすだぁ~。たまにゃあ鴨鍋の顔面、やっちまえゃ」
「お、おぉ~い。そりゃないぜェ小南ィ。友達だろぉ?」
もやし男をけしかける悪友の戯れ言に、しかめっ面で抗議する鴨鍋。
「こみなっちゃぁん。頼ンますで。ンな事言わンでぇな」
「んだとゴルァッ! 誰が何時テメェなんぞと、ぉお?」
――パンッ!
差し伸べられた手を無情にも払いのけながら、悪友を恫喝する小南。
「こないだ立て替えたったカラオケ代、千円ちょい……」
ゴゴゴゴ――……。
今をときめくモヒカン男――小南の総身から怒気が立ち込めてゆく。
「戯言ぁあ雁首揃えて全額支払ってからにせぇやあッ!」
「待てやゴルァ。何時誰がカラオケ代立て替えたって?」
ガタン――ッ。
言われっ放しは性に合わない。鴨鍋も椅子を蹴飛ばして応戦に出る。
「ああッ? ……ンだよコラぁ、テメェヤんのかオラぁ」
「馬鹿野郎。おめーはバカ野郎つッてンだよボケナスゥ」
「青コーナー小南ィ。俺を、……モヒカンと呼んでェ!」
悪友共の内部抗争をクラスのお調子者、林田が悪ノリで煽り立てる。
「赤コーナー鴨鍋ェ。俺は鴨でもネギ背負ってねェよ!」
オォオォオ――……。
林田のアナウンスをそっちのけで、いがみ合いは更にヒートアップ。
「日本語喋れやこの野郎ッ! 外人なんなら仕方ねぇが」
「ああー? 誰が何時帰化申請したっつったンだゴルァ」
「難しい言葉使うなやバカ野郎、ボンクラのハゲ頭がッ」
ガタン――。
椅子から立ち上がると、ジュンは諍いの真っ只中にいる安田を呼ぶ。
「安田、連中が尺を稼いでる今の内に、屋上でも行くか」
「ぇ? いいの? ボクなんかが一緒に屋上行っても?」
「しーッ。声がでけェよ。今の内に抜け出すぞ、急げッ」
タタタ――……。
ドタバタするクラスから抜けだし、屋上への階段を駆け上がる二人。

「あー、いー天気だなぁー。最高だぁーッ」
初冬の晴れた日差しを浴びながら、屋上の石床の上で仰向けになる。
「……君は、何時も屋上で寝てるのかい?」
「……ん?」
声に薄っすらと目を開ける。怪訝そうな顔の安田が覗き込んでいた。
「あぁ。……大体、何時もそーだなぁ……」
「学校の勉強、しなくていいの? クラスの皆も、やってるでしょ?」
「……ンな面倒な事、やンねーよ。……いい大学入ってどーすんだ?」
安田が、面食らった顔をする。
「どうって、……そりゃぁ、……良い企業に就職するんじゃないの?」
「良い企業ね。どこも同じだろ。歯車になるだけだ。それが望みか?」
「な、……なんだよ君。何時もそんなネガティブな事考えているの?」
「……いや、……ネガティブでも何でもねーぞ。至って普通だろ……」
「ふ、普通じゃない。――普通じゃないよっ! 君たちおかしいよ!」
スゥ――……。
寝息を立て始めるジュン。安田が、途方に暮れた顔を給水塔に向ける。

そこに、はだけた学生服をラフに羽織った柄の悪そうな男が寝ていた。
「え? ……あ、君は? 一体、何時からそこに?」
「……ンだテメェは。俺に声かけんじゃねーぞ……」
薄っすらと目を開けると、ジャッカルは迷惑そうに安田を睨みつけた。
「……こんな屋上に、……場違いだつッてッンだよ」
「ば、場違いって、……そんな言い方しないでよっ」
安田が一生懸命に声を張り上げ、愚弄するジャッカルを暗に批難する。
「チッ。面倒臭そうな野郎だな。……おい、ジュン」
「……」
「……あーそうか。寝ちまってンのか、……ッたく」
ガバッ――。跳ね起きるジャッカルの姿が、給水塔から忽然と消える。
「……えっ?」
「ここだ……」
フッ――……。
数秒後、安田の直ぐ眼前に不機嫌そうなジャッカルが現れ、威圧する。
「学校だか何だか知ンねェが、俺等にゃ関係ねェよ」
「え? そ、そんな事、ないと思うけど? 先生も」
きょどる安田をジロリと睥睨しながら、ジャッカルが凄みを効かせる。
「俺らは労働とは無縁なンだよ。俺らの仕事はなぁ」
ガシャン――。フェンスを叩きつける音と共に、快活な女の声が響く。
「――世界制覇っ! だよな、アスモデウスっ!?」
「ンだよ、例の転入生か。あと、その呼び方やめろ」
屋上に現れた闊達なポニーテールの女子学生を、呆れ顔で一蹴しつつ。
「あ、アスモデウスって。……あの、七大魔王の?」
「あー違う違う。コイツの言ってる事真に受けンな」
適当にかぶりを振って突っぱねながら、安田を納得させるジャッカル。

「俺は武士だ。有名なあの三組の。知ってるよな?」
「……っ」
コクコク頷く安田を牽制気味に睨み据えつつ、ジュピターに釘を刺す。
「ッてェ訳だ。変な呼び名で呼んでも答えねーぞ?」
「あー! いちいち紛らわしーよっ。疲れるわっ!」
オーバーリアクションで煙に巻くジュピター。安田が眼鏡を光らせる。
「えぇ? て、天空さんも、こいつらと知り合い?」
「昔っからの腐れ縁つーか仇敵なンだけど。悪い?」
「ぅ、ぅぅーん……。ちょっとショックだなぁ……」
「……ケッ、猿芝居にも付き合ッてらンねーなぁー」
狼狽しつつ落胆もみせる安田の絶妙な演技に、呆れ果てるジャッカル。
「勝手にやってろ。おい眼鏡、バカ女を任せたぞッ」
フッ――。
憮然顔でそう吐き捨てると、ジャッカルは場から姿を消してしまった。
「あぁーっ!? てめー。ンだよその言い方ぁっ!」
「ら、雷子さん。良ければその、……お茶でも……」
「だぁーっ! どいつもこいつも鬱陶しいわぁっ!」
わー、わーっ!
眠りこけるジュンを他所にギャーギャーと騒ぎ立てる二組のメンバー。

ガチャ、ギィ――……。
フェンスが開き、靄の様な何かと共に、青いミニスカの女子が現れる。
「ぇっ!? お前、……ディアナか?」
「あ、……もしかして、ジュピター?」
あっと驚きの表情を作る女子学生。雷子の方も驚きを隠せない様子だ。
「お前、今まで何処行ってたんだよ?」
「え? あ、……その、色々とあって」
挙動不審な態度で言葉を濁すディアナ。安田が両者を慎重に査定する。
「色々って何だよ。シップにも戻らないし。行方不明扱いなんだぞ?」
「ぇ、えぇ……。御免ね。ちょっと偵察のつもりだったんだけど……」
「それが何千年前だよっ! とっくに葬式挙げちまったっつーのっ!」
「えぇー? 酷い。それは酷いよジュピター。何勝手な事してるの?」
「え、えぇ? ……葬式? 何千年? もしかして貴方たちって……」
黒縁眼鏡が邪に光った。両者を見比べていた安田が声高に結論づける。
「トリップしてんだよね、ね? 何々? マジックマッシュルーム?」
血色ばむ顔を近づけてくる安田に、暑苦しさを募らせた雷子がぼやく。
「……あ? はぁ~……。……なぁおい、コイツどーする、ディアナ」
「そ、そうね? 何だかちょっとだけ面白いから、許しちゃおっか?」
「許すも何も、この場で粉微塵にしちまった方があと腐れねーよなぁ」
「だ、駄目だよジュピター。そんな事したら、神隠しになっちゃうよ」
「いーじゃねーか。ばんばん事件起こして学園盛り上げてこーぜっ!」
「き、君たち! 剣呑な事言っているけど、学長に報告するからな!」
女子学生二人の間に割って入る安田。何とか自分をプロモートしたい。
ぎゃーぎゃー。
ディアナとジュピター、安田。三つ巴の舌戦が展開される蚊帳の外で。
「……」
ヴヴ――ヴ……。
迷彩処理の施されたフードを纏った人体が空間を歪ませながら動いた。
「くッ、……ディアナの旧友とか、やれる訳ないよな……。はぁ……」
舌戦を前に悩まし気に額に掌をあてながら、深々と嘆息する直人――。



