Excalibur



 チャプ……。
 薬草の染み込んだ温布巾で傷口を丁寧に消毒する。幸い軽傷の様だ。
(……)
 当山に羆が出るとは驚きだった。が、これで二度と襲っては来ない。
 少なくとも青いフードを着た人間には――。羆達の学習能力は高い。
「……これで大丈夫な筈だ」
「ぅ、ぅん。ありがとねっ」
 傷口の消毒を終え、薪ストーブの前で暖を取りながら毛布を被せる。
 ディアナは意外とケロッとしており、余計な心配は不要そうだった。
「……外は寒かっただろ?」
「……んー。まぁまぁかな」
 地下十㎞地点の周辺温度はおよそ六十~七十度にも達するとされる。
 その辺、温度対策は出来ていようが地底人は寒さに弱いと推察可能。
 が――、ディアナにその様子はない。心配よりどうにも懸念が勝る。
「……地底、あ、いや……」
「私はね、地底から来たの」
「……ん? そうなのか?」
 気持ちが通じたのか、意外とあっさり少女の方から回答が得られた。
(……)
 が、――恐らく嘘だろう。己の素性を他人にペラペラ喋るだろうか。
 得体の知れぬ底知れなさを持った相手だ。それ程バカとは思い難い。
 少なくとも自分が同じ立場なら、決して素性を人に晒したりしない。
「寒くないのか、って、思ってるンでしょ?」
「……え?」
 ご尤もな指摘ではある。ここは無難に、彼女に合わせて良さそうだ。
「……? あぁ、……なんで、解ったんだ?」
「顔にそう書いてあるって言ったじゃんっ?」
 ディアナの悪戯っぽい笑みに、眩暈を感じた。――どうか、してる。



 愛する妹、――楓の代わりは誰にも務まらない。彼女はもう居ない。
 最善手を尽くしはした。終わった事をどうこう悔いても仕方がない。
「……へ、へぇ……。書いてあったのか……」
「ぅん。キミはと~っても素直な人だねっ!」
「……あぁ。そうかい? なら、もう寝よう」
 あとは取り留めもない世間話に終始した。普通に話すと可愛い子だ。
 普通に付き合って良さそうにすら思える。が、――相手は異星人だ。
 もとは月から侵略にきた異星の住人。完全に信用出来る訳ではない。
「ベッドを使うといい。毛布を用意したから」
「ぅん。その、……色々ありがとね直人っち」
「……あぁ。こちらも、久々に気が紛れたよ」
 いそいそとベッドに潜り込む少女の姿を、優しく眼を細めて見送る。
「……それじゃ、明りを消すから。また明日」
「はーい。んーじゃ、おやすみなさーいっ♪」
 パチンと電気を消す。明日は学園に二人で登校する事になるだろう。
(……)
 身の処し方に際し工夫を凝らす必要がある。まだ、目標は志半ばだ。
 かの事故が事件なら、悪を成敗し妹の無念を晴らす迄は終われない。



 ガチャ。キィ――……。
 蝶番が軋み音を立てる。玄関ドアを静かに開け中に入り込むジュン。
「……ただいま……」
 アパートに帰宅した時は、既に深夜を回っていた。酷い一日だった。
 ジュピターの転入。学園屋上への封じ込め。高速路での謎の追走劇。
「……カミュ?」
 シーン――……。
 真っ暗な部屋は静かで、何時もの返事もない。寝てしまったろうか。
 隅々を探しても何処にもいない。散らかった部屋は、もぬけの殻だ。
「……」
 ジャー。カチャカチャ。
 洗面台で乱雑に散らかった食器を洗う。適当に食べ散らかした様だ。
 居なければ居ないで寂しさもひとしお。人というのは全く理不尽だ。
 連絡を取ろうと、天界支給の携帯を手に取りかけたが、……止めた。
(……何処へ……)
 最初は腹でも空かせて近くのコンビニに買い出し位に思っていたが。
 一時間待っても帰ってこない所から、どうも拠点に戻った節がある。
(……)
 カミュの拠点といえば、……やはりジオフロントが浮かんでしまう。



 数千Ⅿにも及ぶ地下一帯に広がる自分の王国に戻った可能性がある。
 そこで何を企んでいるのかは想像したくない。碌でもない事だろう。
「……」
 思い出して、げんなりするジュン。自身も酷い目に合ったばかりだ。
 カミュの覇道血界内で戦場に放り込まれ、散々な体験を強いられた。
 一国の王子を演じさせられ、世界の危機を救うべく悪と戦う冒険劇。
(……)
 総てが無意味といえばそうでもなく心の成熟に繋がった側面もある。
 が、――そう何度も味わいたい体験ではない。精神的な反動が強い。
 あの臨場感やトリップ感は帰還兵の様な後遺症にも繋がりかねない。
「……」
 キュッ――。蛇口を捻って栓を閉める。洗い物はあらかた終了した。
 しかし一人で居ると本当にやる事がない。後は風呂と寝るだけ――。
 忘我の内に時間だけが過ぎ、年老い、時が流れ、自身は朽ちてゆく。
 繰り返し。永遠とその繰り返し。それが人生。生きるという事――。
(……)
 味気ないのは慣れていた。天界でも、ほぼ草むらで寝ているだけだ。
 天界にも仲間がいたが、ジュン自身は自ずと不干渉を是としていた。
(……)
 群れるのも悪くはないが、答えは総て己が内だ。己が内にしかない。
 広大な世界の中に真理を捉え、自身を見出だし、成長し、完結する。
 果たされた業を消化し、超え、成長する。安息の刻まで、繰り返す。
(……)
 パチン――ッ。
 電気を消して横になる。強烈な睡魔に襲われジュンは寝てしまった。
 


 天界とコネクトを持つバーカン市国。人口千人にも満たない小国だ。
 公用語はパテン語。面積は皇居の半分程とも見積もられる独立国家。
 ローム市民病院内の特別集中治療室に、一人の男が横たわっていた。
「……大分、回復したよ」
「良かった。心配したわ」
 キビキビした美声の相手は、ミシェット。バベルの塔の管理責任者。
「しかし、……ドローン攻撃とはな。あの男には油断したよ」
「カミュから不在通話があったわ。何か掴んだかもしれない」
「……カミュが? あまり期待はしていないが、……何と?」
 端麗な声を持つ銀髪の男はサンダー。天界きっての成長株かつ参謀。
「鼠の情報を掴んだ。望みの物と引き換えに情報を渡す、て」
「……ほぅ。小娘如きが私と交渉しようとは。大きく出たな」
 天界端末は非営利かつ私用回線だ。つまり電波傍受のリスクは薄い。
 ソルフェジオ周波数を利用した回線。ヒーリング等にも用いられる。
「何か、欲しいモノがあるそうよ。貴方に頼み事があるって」
「鼠の情報と引き換えに、……か。この私に何の頼み事だ?」
「現諜報活動中のジュンを前線から離脱させて欲しいそうよ」
 淡々と要件を伝えるミシェット。サンダーは慎重派だ。即答しない。
「……わかった。カミュの提案を呑もう。鼠の情報をよこせ」
「受けるの? ……理解ったわ。貴方にしては意外な判断ね」
「ふッ。でもないさ。あの鼠には、手酷くやられたもンでね」
 苦虫を噛み潰すサンダー。奇襲攻撃は屈辱以外の何物でもなかった。
 ましてや相手は生身の人間ときた。――思い出す程に腸が煮え返る。
「要件を呑む、そう言ってるンだ。とっとと鼠の情報を吐け」
 高圧的な物言いに、端末の向かいでミシェットが深い嘆息を漏らす。
「屈辱を味わって昂るのもわかるけど、貴方らしくないわね」
「当然さ。こんな侮辱を被ったんだ。昂らない方がおかしい」
「……では、情報を渡すわね。サンダー、これを見て頂戴?」
 ヴン――。端末に送り込まれた小さな鼠の画像に絶句するサンダー。



「……ッ? な、何だ、何なんだッ、コレはッ!」
「だからぁ。言ったじゃない? 鼠の情報だって」
「だからといって、本物のどぶ鼠の画像とはな!」
 ゲホッ。口から血泡を吐き、身悶えるサンダー。傷が癒えていない。
「……私の、負けだ。……で、カミュの望みは?」 
「えぇ。ジュンを戦線から外して欲しいんだって」
「……それはもう少し待て。私が回復してからだ」
 怒りの為か痛みの為か。ピクピク身体を震わせ条件を呑むサンダー。
 端末から漏れてくるミシェットの微かな笑い声が追い打ちをかける。

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