
ブロロロロロ――……。
大きな川に差し掛かった車が、電飾球で彩られた光のつり橋を渡る。
夜空を飾る数多のイルミネーションが幻想的な世界を醸して美しい。
「昔はさぁ、ここいら一帯、渡し舟で川を渡ったってゆーじゃん」
運転席でハンドルを握った初老の男が、後ろを振り返って破顔する。
「へぇ~。渡し舟って私、見た事ないんです。見てみた~いっ♪」
「ただの樫造りの小船だぞ。昔は何でも人力の時代だったからな」
退屈気に講釈を露する直人。背凭れに身体を預け眼は閉じたままだ。
「へへ。嬢ちゃん、今度。おいらの船舶でも見せてあげるよォ?」
「へぇ。おじさんの船舶って、どんなの? 興味あるなぁーっ♪」
無造作に足を開きながら、興味津々に身を乗り出して構うディアナ。
その姿を食い入る様に眺め回す初老の男が、卑屈な笑みを浮かべる。
「おうよ。今度おいらのクラブに遊びに来な。色々見せてやッぜ」
「止せ、下平。お前の悪趣味に付き合わされる身にもなってみろ」
「へへ……。直っちゃんがゆーならしゃあねェ。諦めまさァ……」
後方を睨み据えたままぺこりとお辞儀する初老の男。白い歯が光る。
「……どうにもこの村、過疎化が酷くてねェ。少子高齢化でさァ」
「あぁ。全国的にそういう傾向だからな。国の衰退期って奴だろ」
「ほぇ? 国が衰退とかするんだぁ。なんだか不思議だなぁ……」
一人だけふわりとして会話が嚙み合ってないが、特に気にならない。
「若い娘が過疎村に大勢来てくれりゃあ、おいら達も一安心だが」
「下平、お前どうした。口数が多いな。浮かれ過ぎじゃないか?」
「へへッ。直っちゃんがストイック過ぎてやきもきしてンでさぁ」
「んー?」
ブロロロロ――……。
不穏な空気を醸成したまま、タクシーが光のトンネルを潜り抜ける。
「わぁ。綺麗~……」
「あぁ……そうだな」
星々が謳う天の川間を奔り抜ける様な光景に心身の疲労が癒される。
「……へ、へへ……」
バックミラー越しに、血走った眼を光らせるタクシー運転手の下平。

ザァァアア――……、キキィ。
辺りは真っ暗だ。鬱蒼と森林が生い茂る山の麓で停車するタクシー。
地面には薄く白線が引かれており、下平タクシーなる看板が見える。
「着いたぜ直っちゃん。明日また何時もの時間で。待ってまっせ」
「ほらよ、チップだ。まぁこん位で満足しておけよ。この守銭奴」
投げやりにぽんと札束を手渡し、直人は嫌味たっぷりに吐き捨てた。
「へへ……。これこれ。……直っちゃぁあん、毎度ありやでぇ~」
「わぁ~超お金持ちじゃん。そんな大金どーやって稼いでんの?」
手揉みする初老の男を他所に、ディアナが金の出所を追及してくる。
「別にいいだろ。お前には関係ない事だ。余計な首を突っ込むな」
ガチャ、ズシャ――ッ。
ドアを開けると、直人はひらりと身を滑らせて地面へと降り立った。
「降りないのか? 下平の世話になりたいなら、別に構わないが」
「ばーかっ。降りるに決まってんじゃないっ。冷たいんだから!」
「……へ、……へへへ……」
にやにやしながら血眼を交互に向け、二人の顔色を慎重に窺う下平。
「なら早くしろ。この山は熊が出るぞ。冬場の熊は狂暴だからな」
「待ってよ。今、降りるってばっ。もう気が利かないんだから!」
ガチャ。――バタムッ!!
速やかに降りると、ディアナはドアを叩きつけるようにして閉めた。
「~ッ。力一杯閉めやがって。響くじゃねーか。ソソるねェ……」
駆けてゆくディアナの後ろ姿を見送りながら、舌なめずりする下平。
ブロロロ――……ザァァァァ……。
山麓に面したタクシー乗降口から、ヘッドライトが遠ざかってゆく。
「さぁ行くぞ。朝になっちまう」
「ぇー? 今から登るのぉー?」
「はぁ……何で着いてきた……」
泣き言を漏らすディアナを冷然と睨み据え、直人は首を横に振った。



