Excalibur



「……ディアナ? ……――はッ?」
 肌寒さで眼を覚ます。夜空に朧月が浮かんでいた。星が瞬いている。
「……ゎ、やべッ」
 ガバァ――ッ。
 慌てて跳ね起きるジュン。屋上で何時の間にか眠ってしまった様だ。
 天空雷子、……ジュピターの姿も見えない。既に帰宅したのだろう。
「……しまったッ」
 アパートに残したカミュが気に掛かる。きっと腹を空かせている筈。
「ンだよ、これ?」
 ガチャ、ガチャ――。
 鍵がかかっており、ドアが開かない。恐らく誰かが鍵を閉めた様だ。
「しゃあねーかァ」
 ――スゥ。
 制服の内ポケットから銃を出すと、ジュンはそっと照準を合わせる。



「爆裂無反動……」
「ッとォ、待てよ」
 ――カキィッ。
 微かな鉤の切っ掛け音が鳴り、フェンス外から一体の影が姿を現す。
「ジュピターと会った、てな?」
「ッ!? ……ジャッカルか?」
 ――トッ。
 フェンスの支柱に軽々と両足を乗せ、手は両方ともポケットの中だ。
 ぱっと見、吸血鬼を連想させる。相変わらず高い場所が好みの様だ。
「義姉さんは一足先に帰ったンでね。今夜は俺が夜の見回り担当だ」
「……お前、深夜の警備員までやってンのか? こき使われてンな」
 失笑するジャッカル。呆れ気味に逸らした目を再びジュンに向ける。
「馬鹿言え。仕事だ。ストラディ嬢の勅命でな。お前もなンだろ?」
「あ、……あぁ……。ミシェットの召使だが、……文句あンのか?」
 魔界は現状、ストラディが覇権を取った模様。天界はバベルの塔だ。
 が、つい先日、成長株のサンダーが痛手を被り、後任は空白のまま。
「……お互い世知辛いやねェ……。ま、腐らずやッてこーぜ、兄弟」
「あ、……あぁ。だな」
 兄弟呼ばわりは傍迷惑ではあるが、ジャッカルの言葉に嫌味は無い。
「それよりお前、昨夜どーだった。参加したよな? 状況を教えろ」
「……あぁ。まーちょっと言いにくいンだが……、ジュンよぉ……」
 面相を硬くするジャッカル。鋭い視線が、直下のジュンに注がれた。



 ヒュォォオオ――……。
 高高度の突風に羽織った学ランを靡かせる黒づくめの男ジャッカル。
 二Mものフェンスの支柱に直立する体軸のバランスは全く崩れない。
「ジュン、お前に大事な話があンだよ。ちょっとだけいーか?」
「……あ? 話って?」
 勿体ぶった物言いに、面倒さを感じつつジュンは渋々その先を促す。
「昨夜のサン宮殿爆破事件、俺も現場に居たンだが、そのな?」
「……カミュに良く似た女、……だろ?」
 大体の見当はついていた。テレビ映像でだが、見て確認もしている。
「話が早くて助かるぜ。アパートに同棲状態らしーじゃねーか」
「まぁ、殆ど押しかけだけどな。で、カミュを疑ってンのか?」
「いや、疑ってる訳じゃねーさ。アイツって、双子だったっけ」
「……」
 言わんとする事は良く理解る。が、問の答えを持ち合わせていない。
「知らねーンだよ。実際、アイツの事は俺も良く解ンねーのよ」
「ケッ。お前が知らねーンなら誰に聞いても無駄だよなァ……」
 ヒュォォオオ――……。
 強風に煽られながら、石床を睨み据え暫しの黙考に耽るジャッカル。
「今度、奴に襲われたら俺ァ義姉さんを護り切れる自信がねェ」
「……馬鹿だなお前。レディは自分で何とか対処出来る女だぞ」
「るッせーなァ。余計なお世話なンだよッ」
「……あ、怒った?」
「怒っちゃねーよ。ガキじゃねーンだから」
「まぁ、……だよな」
 本人がどれだけ隠そうとしても、その真意はこちらに伝わってくる。
 助言を仰ごうとするその動力源は恐らくレディへの恋心なのだろう。



 寒空の下、埒の開かない問答をこれ以上重ねても問題は解決しない。
 常識的に理解の範疇を超えた相手が司る物理現象には対処出来ない。
 文字通りの、お手上げ、――である。
「ンじゃ、俺はそろそろ帰るわ。なるよーにしかなンねーって」
「……チッ。気楽でいーよな、お前はよ。」
「何とかなンだろ? 何とかするのが俺らの命題かもだけどな」
「ケッ、殆ど何も出来ねーよ。あんな得体の知れねー相手……」
 珍しく顰めっ面でジャッカルが毒づく。悪魔王も気苦労が多そうだ。
「カミュが待ってンでな。俺ァ先に行くぜ。またなジャッカル」
「おぅ。とッとと帰って寝かしつけて来い。明日、また学校で」
 バサァ。――フッ。
 学ランの裾を翻すなり、ジャッカルはフェンス外へ落下していった。
「スパイダーマン顔負けだな。さて、こっちも動くか……ん?」
 あぁぁぁあ――……。
 一人残されたジュンはそこで重大な事に気付き、大声を張り上げた。
「鍵が閉まってて外へ出れねーンだったぁあああーーーッ!!」
 ――ドゴォォッ。
 その夜、青凛学園の屋上で謎の爆音が発生した事を、誰も知らない。