Excalibur



 ピーヒョロロロ……。夕刻。トンビと思しき鳴き声が聞こえてくる。
 休み時間は、誰にも合わず一人屋上で過ごすのが日課になっていた。
「……」
 全国的にも治安の悪い学園ではあるが、屋上の眺めだけは良かった。
 転入生に関して早速ミシェットに連絡しようか迷ったが……止めた。
(俺は奴隷でも何でもねーんでな……)
 律儀にサンダーの代役を務めようとは思わない。勝手にやるだけだ。
「……っと」
 ――ドウッ。
 黄昏時の薄明光線を浴びようと、屋上の石床に仰向けに横たわった。
 ジャッカルの姿はない。何時もは貯水タンクの上縁で寝てるのだが。
「……」
 昨夜のサン宮殿爆破炎上事件が過った。出席するかもと言っていた。
 ジュンはやんわりと断ったが、聖子先生ことレディの護衛との事だ。
 強行したのだろう。今朝も保健室に居る事から無事だったとみえる。
「……」
 カミュは起きただろうか。特にやる事もないがドライヴ位は出来る。
 学校でこうして転寝してるよりはツーリングでも行くべきだろうか。
 かといえど、修行を終えたら否が応でも天界で再会する事にはなる。
(……あぁ……だったな……)
 自分が現世でカルマを重ね過ぎて堕天しなければ、ではあるが――。
「……しかし、平和だな」
 現世に於いては、時間の制約を強いられる。時の流れは一方通行だ。
 法則に反した動き、例えるなら映画の様な逆再生は許されていない。
 自然界のルールに則った正々堂々たる生き様が試され、求められる。
(……)
 が、その法則を歪める様な事があろうなら罰せられるべきではある。
 しかし誰が? 因果律に則って自ずと? 自分は関与したくはない。
 


 ガシャン――。
 フェンスが揺れる。ドアを粗雑に叩きつける衝突音が一帯に響いた。
「おぅ、探したぜっ? こんな所で呑気に休みやがってよぉ」 
「……?」
 紅髪のポニーの女学生、天空雷子。今日やって来たばかりの転入生。
 が――、その正体は異星人ジュピター。嘗て覇権争いをした仇敵だ。
「……」
 数万年前、地上にディープインパクトを勃発させた異星人の隊長格。
 地表より百キロ程地下に広がる上部マントル部に棲みついたハズだ。
「あーぁー。あのクラス退屈なンで遊びに来てやったぜー?」
 ツカツカと不遜な靴音を鳴らし、鷹揚にジュンの眼前に仁王立った。
「ンだよ、起きろよ超ひっさびっさに遊んでやっからさー?」
「おい、ジュピター。日差しを遮るんじゃない」
「はぁあ? ンだよそれ。お前、老人かよっ!」
 腰に手を添えた前屈姿勢で、寝ているジュンを覗き込むジュピター。
 マイクロミニから伸びた肉感的な太腿をこれみよがしに晒してくる。
「……眼の毒でしかないんだよ。あっちへ行け」
「舐めンなよジュン? これでもぁたいはさー」
「……?」
 ドカッとジュンの隣に勢いよく腰をおろすと、仰向けに横たわった。
「あーあー。世界征服つっても何やりゃいーんだろーなー?」
「……馬鹿か、お前? 既に地下で覇権を取ってンだろうが」 
 真横で愚痴る雷子を冷ややかに窘めると、ジュンは静かに閉瞼する。
「ほんっとノリの悪ぃー奴だなー! 地上も取るンだよっ!」
「お前さぁ、地上の事何も知らねーだろ? 取りたきゃ……」
 小さく息を吐くと、ジュンは閉瞼したままで小言をぶつぶつと呟く。
「……資本以前に、諜報社会だからよ……。この地上は……」
「おい、こら馬鹿、しれっと寝てンじゃねーよ、このタコっ」
「……すぅ~……」
 静かな寝息を立てるジュンを横目に、転入生は大きな溜め息を吐く。
「ちぇっ。つまんねー奴だなー。虐め甲斐ねーつーか何だろ」
 ガバッと跳ね起きると、不貞寝するジュンを残して屋上を後にする。
「確か、鍵かけとかねーと担任のハゲに怒られンだっけか?」
 ガチャン――。タタタ……。
 ノブの鍵を確り施錠すると、終礼時のホームルームへと姿を消した。



 オォオォオ――……。
 何時頃だろうか。遥か頭上の天空に、仄光る複式神霊結界が見える。
 という事は――……。数万年前、ノアの箱舟より少し前の地球上だ。
「……痛ッつつ……」
 クレーターに埋もれかけた己の身体は既に満身創痍だが、まだ動く。
 月の住人なる異星人達のコンビネーション攻撃を喰らったばかりだ。
(……?)
 が、これで自分達の特徴もバレた。次はそうもいかなくなるだろう。
「……ぅ、くッ……」
 ガララララ――……。
 雪崩れてくる瓦礫の山を押しのけクレーターから這い上がるジュン。
「……あ、生きてる」
 見上げた地上で、青い髪をツーテールに結った制服姿の女子と遭遇。
「……――なッ!?」
「しーっ。黙ってて」
 瞠目するジュンの面前でしゃがみ込むと、異星人は口に指を当てた。
「私はディアナ。海神ポセードンを宿した月の住人。質問は?」
「……大有りだぜッ! こぞって俺を嬲り者にしやがってッ!」
 声を荒げるジュンを引っ張り上げると、ディアナは傍に座り込んだ。
「御免なさい。ユーノの命令でやっただけで悪気はなかったの」
「あ、そ……。なら仕方ない。ッとでも言うと思ってたのかッ」
「……は?」
 パチパチ――。
 忙しなく瞬きするディアナ。特有の婉曲表現が理解不能だった様だ。
「……いいよ。解ったから。お前にも立場ってのがあンだろ?」
「え、……えぇ。解って貰えたようで嬉しいけれど、何だろう」
「……――ッ!?」
 はっと息を呑むジュン。ディアナの両眼から大粒の涙が零れている。
「悲しい、……のかな? 私、……何か、変、……だよね?」
「あ、……あぁ。変だろ。お前ら皆おかしいぜ、ッたくよぉ」
 立場が逆だ。涙を流すディアナを悄然たる面持ちで見下ろすジュン。
「侵略してーンだろ? そんな弱腰じゃあ何も出来ねーぞォ」
「……ぅっ……。うぅっ、……」
「チッ……ンだよ。調子狂うな」
 侵略すべく勝手に乗り込んでおいて、勝手に悲しさを募らせて泣く。
「甘えてンじゃねーよ……タコ」
 ――ザッ。
 どう慰めの言葉をかけて良いか解らず、ジュンはその場を後にした。