
ガヤ、ガヤ――……。
相変わらず秩序の乱れきったクラスに、今日もダミ声が冴えわたる。
「え~……、であるからして、XとYが、……」
カッ、カココッ――。
黒板上を軽快に弾むチョーク。担任の下新井は今日も絶好調の様だ。
が、――……。
「きゃあ~っ、マユミぃ~何そのネイルぅ~っ」
「おーい、タクやぁーん。カラオケ行こーぜー」
「……おい、そこ……」
ぎゃぁーっははは――……。
繰り返し湧き起こる爆笑の渦に、背中を震わせて懸命に耐える担任。
つい先ほど、校庭で白昼堂々の花火大会が開催されたばかりである。
気分一新を図ったが、下新井の静かな怒りは既に沸点を超えていた。
「あぁああーッ!! 廊下ぁ並べやゴルァアッ!!」
ドォンッ!
黒板を拳でブン殴ると、下新井は引き攣った顔面を生徒側に向けた。
「おどれらァ、黙ってりゃあいい気んなりゃあがってぇえ……」
ここぞとばかりに特有の野太いダミ声を腹の底から轟かせる下新井。
「マジか~。超ヤベーッ! ヤベーよこのハゲぇッ」
「なぁおい今の見たぁあ? エグいぜ~コイツぅ?]
ざわ、ざわ――……。
普段温厚な担任の変貌っぷりを前に、教室中にどよめきが上がった。
「ひゅーひゅーっ! いかしたハゲッぷりだねェッ」
「かぁっくぃ~っ。さっすがウチ等の担任だわあっ」
「ブレイキンドーン出場間近なンじゃねぇのおッ?」
ドッ、ぎゃはははッ!
再度、爆笑の嵐。調子に乗った素行不良共が、悪ノリを加速させる。
「山田ぁあッ! おめー廊下で正座してこいやぁッ」
「ハゲ洗の男気だッ。一人くれェ応えてやれよお?」
「ひっさびさの御来光だぁッ。拝まねェとなあッ!」
「なんみょう~ッ、なんみょうほーれんげーきょー」
ぎゃーっはっはっはーーーッ。
普段ですら他よりも騒がしい二組の室内が、賑々しさを更に増した。
「おどれらぁあ~揃いも揃ってコケにしおってぇ~」
フシュゥゥ――……。
頬肉を引き攣らせる下新井の茹であがった頭頂部から、煙が上がる。
「ワシの神聖な授業が聞けんちゅぅんならなあッ!」
ドゴォォオ――ッ!
高まる期待値に圧され、うっかり黒板に正拳突きを喰らわせる担任。
「あ痛ッッ~~たぁぁぁああいいいいんんんンッ!」
――カクンッ、……ピクピクピク……。
一瞬、天を仰いでその場にうずくまると、身体を震わせて悶絶――。
「あ~ぁ白けちまったなぁ~。カラオケ行っかぁ?」
「お~い誰だぁあ? ハゲ洗、調子づかせた奴ぅ~」
「おーおー、お可哀そうにィ。俺らのせーだわぁ~」
ドッ。ぎゃーっはっはっはーーーッ!!
おぉおぉお――。飛び交う罵声や怒号。沸き立つ喧噪に揺れる室内。

パチパチ――……。
瞬きを繰り返す。天井と蛍光灯が朧気に見えてきた。二組じゃない。
「気が付いたかしら」
「ん~……おろ~?」
薄っすら眼を開く。美人の女医の侮蔑も顕な冷たい視線とかち合う。
どうやら、黒板をぶッ叩いた時の激痛で、気をやってしまった様だ。
「……さいてーね?」
「せ、聖子、先生?」
唖然とする下新井。条件反射でハゲ上がった頭頂部を隠しにかかる。
腕組みをして仁王立ちするプロポーション抜群の女医に、タジタジ。
「わ、ぉわわ……!」
「最低の担任だわね」
カ――ッ。床を踏み鳴らす冷たいヒールの音。
フイとそっぽを向き踵を返す女医。タイトなスカートの裾が翻った。
「……おぉ……ッ?」
――フワリ……。
薄っすらと覗いたレディースの下履きは、――燃える情熱のレッド?
「ぁ痛たたた……ッ」
大仰に顔を歪め前屈む中年男を肩越しに睨み、冷然と言い放つ女医。
「歳だと認めなさい」
ギシ……。対面のチェアに凭れ掛かり、女医は気怠げに足を組んだ。
「割に合わないわ~」
シュボ――ッ。
取り出した一本のシガレットに火を点け、物憂げに煙をくゆらせる。
「……ふぅ~~……」
「氷の、……微笑?」
疲れ果てたと言わんばかりの美魔女の色と妖艶さに思わず息を呑む。
曙光差し込む昼下がりの保健室に、退廃的な熟年のロマンスが漂う。
「貴方、教師失格ね」
「は? はい……?」
冷たい宣告。が、腐っても教師の端くれ。引き下がる訳にいかない。
「何も聞こえンぞ~」
「……あっきれたぁ」
開き直った中年のふてぶてしさに、さしもの聖子も溜め息を洩らす。
「行って、いいわよ」
「あぁ。嬉しいねェ」
黙然とベッドから起き上がり、出口のドアへ向け太鼓ッ腹を揺らす。
「……さいてーね?」
「そうですかィ……」
ガラララ――、ピシャリ。滑り戸を開けて、黙然と部屋を後にする。
齢六十。ロマンスは既に期待しちゃいない。教員人生に全て捧げた。
「もう来ないでね?」
「そうはいかんなァ」
扉越しに浴びる辛辣な嫌味をもサラリと受け流す熟年の老獪なワザ。
侮蔑と嘲笑、恥こそ下新井の本懐。中年冥利に尽きようというもの。
「あの連中ゥ~……」
ノシ、ノシ。廊下のタイルを重量で軋ませながら、教室に帰還する。

キンコンカンコン♪
午後の始業ベルが校内に鳴り渡った。二組は相当数が帰宅していた。
ざわざわ――……。相変わらず騒々しいが、不良の数は減っている。
「……」
ジュンは後方の座席にゆったり腰掛け、机上に足を投げ出していた。
「山崎ィ~、やっまざっき君ン♪ そのポケカ、俺にくれよぉお~ッ」
「嫌だよぉ♪ これはボクの宝物なんだ。誰にもあげられないよぉ?」
「誰だあ俺の弁当勝手に食った奴ゥ! 今の内に手ェ上げろぉーッ!」
「ちょぉ~っとさきこぉ~! みよこがチチ活で大変なの聞いたぁ?」
「……うぉっほん」
ノシ、ノシッ……。
右手に白い包帯を巻いた太鼓ッ腹の中年男が、壇上にのし上がった。
「さて、遅くなったが、……お前らに転入生の紹介だ」
ガラララ――……。
入口の滑り戸が開き、紅い髪をポニーに束ねた女子生徒が顔を出す。
「初めまして、どーぞー」
「……どーぞ、って何?」
「はぁ? 花火女じゃん」
「ざけてンのかよアマぁ」
どよ、どよ――……。謎の転入生の紹介に、教室内が混乱を呈する。
「おいこら、ちゃんと自己紹介せんかッ!」
「ちっ、わぁったよ。やりゃーいんだろ?」
――ザッ。
悪態をつきながら両の腰に手をあてると、女子生徒が怒声を発した。
「地上に侵略に来たんで、ひとつどーぞ! よろしくぅーっ!」
「……は?」
どよ、どよ――……。訳の分からぬ自己紹介に、混乱を極める二組。
「どーなッてンだよこの女ッ! ちゃんと躾けろよハゲ洗ッ!」
「来る場所ッ、青凛養護学校と間違えたンじゃねーのかあッ?」
おぉおぉお――……。
生徒達の喚声に入り混じって、壇上では罵倒合戦が展開されている。
「おい、こらッ! 自己紹介だ、ちゃんと名前で挨拶しろッ!」
「なんでだよ、このハゲっ、ちゃんと自己紹介しただろっ!?」
「……?」
薄眼を凝らすジュン。あのポニーの女生徒、何処かで見覚えが……。
パシィ――ッ。
脳裏で電気が奔る。と同時にフラッシュバック映像が浮かび上がる。
「……ッ」
オォオォオ――……。
時は夜半。星々の配置から、およそ約数万年前だと本能的に悟った。
紅い髪をポニーに束ねた女子の他、数名程の異星人に囲まれている。
指揮を執る女子がジュピターだと解った。天空と雷を司る異界の神。
「年貢の納め時だなぁジュンっ! 消し炭になって貰うぜぇっ!」
「……くッ」
ゴロゴロゴロ……。
突如現れた雷雲が空一面を覆い、夜空一帯にスパークを発生させる。
「――ヴォル・テックスッ!」
カッ、――ビシャアッ!
一際巨大な稲光が輝線を散らしジュンの頭上に真っ直ぐ振り落ちた。
「――ぐぁああああッッ!!」
「っとぉ、今度は私の番ねっ」
青い長髪をツーテールに結んだ学生服姿の女子が、素早く印を結ぶ。

ザッパァア――……。降り頻る雨が巨大な海竜を象り襲い掛かった。
「……ごぽぽぽぽぽ……ッ?」
「ひゃーっはっはっはぁーッ」
ヴゥン――……。眼を瞠った視線の先で、ジュピターが構えている。
「うぉお、――ヴォル・テガッ!」
ガガァ――、ドォンッ!!
天空で蜷局を巻く超高電圧の光の柱が、溺れるジュンに降り注いだ。
「ぐぁあああああああッ!!」
バリバリバリィ――……。
海水で帯電したジュンの身体が凶悪無比な電磁スパークに焼かれる。
「……くッ!?」
パシィッ――。
過去のフラッシュバックから覚めたジュンは、肩で息を荒げていた。
「天空、雷子でぇ~っす! 宜しくぅっ!」
ざわ、ざわ――……。騒然とする教室内で、呼吸を弾ませるジュン。
「目標は世界征服、よっろしっくねぇ~♪」
「ぜぇッ、……ンだよ、最悪じゃねーかッ」
毒づくジュンの双眸に、転入生の獰猛な笑顔とウィンクが映り込む。


