
「……う……ッ」
オォオォオォオ――……。
連夜の悪夢に直人はうなされていた。民間機が山麓に墜落してゆく。
「きゃぁあああ」
「うわぁああッ」
黄昏の空を、乗客の悲鳴や喧騒を乗せて蛇行運転する一機の旅客機。
壊れた尾翼から夥しい墨色の煙が黄昏の空へ濛々と立ち昇っている。
「おい、もっと高度上げろッ!」
「駄目です、上がりませんッ!」
ブーッ、ブーッ、ブーッ。
計器類や警報装置のブザー音がけたたましく機内に鳴り渡っている。
ガクンガクンッ――……。
振動しながら高度を下げてゆくコクピット全面に山稜が急接近する。
「ピッ、ガー。メーデーメーデー」
「機長! 胴体着陸の準備をッ!」
「無理だッ、もう間に合わない!」
窮場に瀕し、声を荒げる機長。流石のベテランも狼狽えを隠せない。
「お兄ちゃん……怖い……」
「大丈夫だ。俺が……必ず」
ギュゥゥ――……。
機体の後方で身を硬直させながら、幼少期の直人は妹を抱き留める。
「なんで……なんでなの? なんで私たちが……っ?」
「大丈夫だ。俺が、お兄ちゃんがお前を死なせないッ」
ギリ……。口端から滴る一筋の鮮血が頤を伝って床下に零れ落ちる。
ゴォオ――……。バキバキ――ッ。
強風に煽られる機体。木々の枝葉がフロントコクピットに衝突する。
加速をつけてグングン近接する山肌を目前に声を揃えるパイロット。
「墜落、だァーーーーーーッ!」
「おぉおぉおおお――――ッッ」
ドガァア――ッ! 激しい衝撃が機内を揺らし、……閃光が迸った。
ドッガァア――……。炎上。爆風に煽られる視界が紅蓮に染まった。
「きゃぁあっ。お兄ちゃ……」
「楓ッ!」
ゴォオッ!! 雪崩れ込む凄まじい突風に、妹の声がかき消された。
「……ぐぁあッ」
ゴォォオッ――……。
焼ける様に熱い。息が詰まる。全身を覆う激痛と灼熱に耐える直人。
オォオオオ――……。
紅蓮の業火に包み込まれ、腕に抱いた妹の身体が黒炭と化してゆく。

「やめろぉお――ッ!!」
ガバァ――ッ。
跳ね起きる直人。全身汗だく。まるで全力疾走後の様に鼓動が早い。
「……はぁッ、はぁ……ッ」
息を整える。毎夜のリアルな映像が一人残された直人の精神を苛む。
寒さの中、脱いだシャツを汲み上げた井戸水で洗浄し、絞り上げる。
「……」
割れたガラスに映った直人の上半身は、あの時の火傷の痕跡が残る。
自身も瀕死の重傷を負った。救命処置で奇跡的に一命を取り止めた。
だが、そこからが地獄の始まりだった。時間の秒針は止まっていた。
「……」
月日が経って戻った平和な日常。その陰で直人の地獄は続いていた。
「……そうか、朝か……」
周囲を見渡す。どうもあの後、玄関先でぶっ倒れてしまったらしい。
青凛学園のあの妙な男に手酷く痛めつけられた様だ。が、回復した。
「……」
大事な妹が空へと旅立ったあの日以降、直人に晴天は一日とてない。
どす黒く淀みきった心が晴れるとすれば、……終わりの時だろうか。
真犯人を洗い、己の信念の下に裁く――。その時までは終われない。
「……行ってきます」
ガラララ――……。寒気の流れ込む破れた玄関を滑らせ、外へ出る。
「……ッ?」
日差しに一刹那、眼を眇める直人。朝日が思ったより眩しく感じた。
『……行ってらっしゃい……お兄ちゃん』
「――ッ?」
楓の声が聞こえた気がした。幻聴だろうか。耳鳴りにしては鮮明だ。
(……楓?)
ヒュゥゥ――……。
粉雪が降り始めていた。氷点下の風が直人の肌身に染み込んでゆく。
「……気のせいか……」
ザッ――……。襤褸切れの青のパーカを頭から羽織り、雪道を歩く。
一日が始まる。夢も希望もない怨嗟と悲嘆に窶れきった一日が――。



