Excalibur

 ガォォンッ――。チタン製マフラーの重低音が夜風に心地よく靡く。

「てめェ逃がさんぞオルァッ!」
「らぁッ! 待てやゴルァア!」
「――シッ!」
 ゴゴッ、パパァンッ!
 手慣れた左右の連撃を顔面に喰らって派手に吹っ飛ばされる警官隊。
 キィィ、――ドゴンッ! 壁面や柱に強かに顔面を衝突させて轟沈。
 呆気ない乱闘騒ぎを制したジュンは意気揚々と救急外来を後にした。

「……チッ」
 手荒な真似は控えたかったが結局最後はサツをボコっての強行突破。
 神霊力の悪用は自制すべきも、こうも融通が悪くては敵わなかった。
「お出迎え助かるぜ。サンキュー。抜け出せたよ」
 面倒な調書作成を抜け出し、ジュンは一路アパートを目指していた。
 サツの狙いは現行犯逮捕。後日逮捕状を持参してくる可能性もある。
 流石に国家権力を相手取っての戦闘は避けたい。面倒な司法社会だ。
『ドウイタシマシタ。カミュガオマチカネデスゥ」
 AIビークルの改造型ハーレー・ダビッドソンが人工音声で応ずる。
「あぁ。夜飯作ンなきゃ、だよな? 解ってるよ」
 ガロロロロ――……。帰路およそ約百キロ。迷わず高速道路を選択。
 プァァアンッ。大型トラックや貨物車の合間をすり抜けて奔る単車。
 時速百キロでも一時間だ。夕飯の支度に掃除洗濯などが待っている。
「アイツ、ちょっとは家事手伝うよーになった?」
『カラッキシデスゥー。ゲーム二ムチュウデース』
 ガロロロロ――……。
 カミュから借りたAIビークルを駆動しながら、ジュンは黙考する。
 留守番よりも学校で一緒に過ごす方がカミュの為なのかもしれない。
「本人証書と入学願書。他に何が要るンだっけ?」
『地域二ヨッテハ住民票ナンカガイルヨーデース』
「何だそりゃ? そんなン持ってねェと思うぞ?」
 ガロロロロ――……。
 ユーロビートを刻みつつ御機嫌に夜道を爆走するカスタムハーレー。
 ガォオンッ! 爆音を奏で冷えた夜風を裂き、高速路を駆け抜ける。



 ――ガォンッ。
 単車を停めながら見上げたアパートの自室はまだ電気が灯っていた。
「……」
 カミュが腹を空かせているハズだ。後部座席から買い物袋を下ろす。
 カンカン、……――ガチャ。
 鉄骨階段を上がり、古びた鉄製のドアを開くと、笑い声が聞こえた。
「遅っそーいっ!」
「あぁ。ただいま」
 ――タタッ。
 レディース部屋着を着込んだ金髪少女がソファから駆け降りてくる。
「お腹空いたー。何か作ってぇーっ」
「あぁ。色々と材料買ってきたから」
 バタン。ドアを閉めて買い物袋を置き、徐に上着を脱いで袖を捲る。
「……♪」
 カチっ。ゴォ。ガスコンロに火を点け、油を撒き、卵を割って焼く。
 タイマー予約でご飯も炊けている筈だ。お惣菜も色々と買って来た。
「スクランブルにするか? オムライスが良かったっけ?」
「何でもいーよ。出来たらおせーてね」
 トトト――っ。
 リビングに駆け戻ってゆく。今は家庭用テレビゲームに夢中の様だ。
 ささやかな日常の幸せ。人間界での慎ましい暮らしもまぁ悪くない。
「……そんなに面白いか? それ。おニャン子ウォー、だっけ?」
「んー。面白いよー。ジュンも一回やってみる? きゃははっ!」
「いや、……いいよ。ゲームって柄じゃない。……暇もないしな」
 背中を丸くしてゲームに没頭する姿を遠目に、心中で溜め息を吐く。
 人間界では、こうして大人に成長し、社会人へと巣立ってゆく――。
 限りある日常生活の中を各々が役割を演じ分けながら歳老いてゆく。
「……」
 その過程の中で、どう生きるか、周囲にどんな影響を与えるか――。
 運命共同体の枠組みの中で、如何に自分らしく生き、終を迎えるか。

「あぁーっ! もちょっとだったのにぃーっ」
「……」
 ふと、直人の姿が脳裏を過った。民間機墜落事故からの生存者――。
 国家権謀に気付き、司法行政が期待出来ないと悟った上での復讐劇。
 愛する妹を権謀の最中に亡き者とされた怨恨は同情するに余りある。
「あーっ。あの鳥みたいの、むっかつくーっ」
「……」
 些細な違いで、彼にも小さな平和と幸せが訪れていたかもしれない。
 そう考えると妙に気が滅入った。過ぎた過去は、今更変えられない。
「……」
 直人が己の正義を選ぶなら、……せめて全力で応えてやるしかない。



 明るく活気づくリビング。カミュが一人居るだけでこうも華やかだ。
「……明日から学校、一緒に行くか?」
「……ぇっ?」
 ゴトン。コントローラが手から落ちる。驚いてジュンを視るカミュ。
「え、ちょっと今、何つった?」
「……ん?」
 視線に気づきリビングを見やると、カミュが嬉々として笑っている。
「ぁたしも学校行っていーのぉ?」
「ん? あぁ。別にいんじゃね?」
「わぁ~っ! やぁったあ~っ!」
 夜のアパートの一室で、歓声が沸き起こった。
「わぁい。ありがとー」
「お、……ぅわあッ?」
 ガシャア。落ちる平鍋。抱きつかれてうっかり尻もちを着くジュン。

 生温かな感触に包まれる中、……直人の恨み節が聞こえた気がした。
「貴様らの傲岸不遜な悪行の数々は重々承知で粛清に入らせて貰う」
(貴様らッつーけどよ、……俺とカミュは関係ねーよ。ターコ……)
 独り言ちるジュン。互いに生きる道が違う。誤解は解けそうもない。