湯気の立つお茶を用意している間に、男性は案内した店の奥の椅子に腰を下ろしていた。スーツの膝に置かれた両手がぎこちなく組まれている。
 ステラがカウンターからするりと降りると、棚と棚の間をゆっくりと歩いて行く。その通り道を本達がそっと目で追うように感じるのは、燈の見間違いだろうか。

「お待たせしました」

 燈がお茶をテーブルの上に置くと、男性は少し驚いたように目を瞬いた。

「すみません、頂きます......」
「お熱い内にどうぞ」

 燈は向かいの椅子に座り、大判のストールを掛け直した。
 男性は湯気を見つめながら、やがて観念したように口を開く。

「......噂で、このお店に猫が選ぶ本占いがあるって聞いたんですが」
「はい、本当です」

 いまいちピンと来ないのだろう。未だ不思議そうな顔をしながら、言葉を続ける。

「すみません。正直占いは信じてないんです。ただ、誰かに話を聞いて貰いたくて」

 言いながら男性は苦笑した。

「仕事の事で自分でもどうしていいか分からなくなって、気がついたらここに来てました」
「良かったらお話出来る範囲で聞かせて下さい」

 燈の声は、柔らかく沈む。
 男性はその言葉に背中を押されるように、少しだけ自分の心の中を覗き込んだ。

「空っぽなんです」

 男性は自分の言葉に戸惑うように眉を顰めた。

「忙しいのは慣れてます。残業も。最近は部下も出来て、それなりに任されているほうだと思うんです。でもここ数ヶ月で、急にやりがいを感じられなくなってしまって」

 言葉を探しながら、男性はテーブルの木目を見つめる。

「朝起きて、会社に行って、数字を追って、営業して、家に帰って、寝て。また同じことの繰り返しで。皆それは同じだと思うんですけど」

 燈は相槌も挟まず、じっと聞いている。
 その沈黙に追い立てられるように男性は続けた。

「独身だし誰かの為に働く理由も無くて、ただ生活する為だけに働いてるのが現状で」

 男性は視線を落とす。

「いつの間にか惰性だけで仕事を続けている。自分が何をしたいのか、分からなくなってしまったんです」