ある日の昼下がり。
店の中では燈が開店前の準備をしている。
カウンターの上を布で拭き、本棚の前に立って背表紙をモップで軽く撫でていく。積もった埃を払うというより、今日もよろしくねと一冊ずつに挨拶をしているような仕草だった。
ステラは、床のど真ん中を占領して白い毛並みを日向に晒している。窓から差し込む光が毛先の一本一本を透かして、薄く金色を帯びさせていた。
「気持ち良さそうね、ステラ」
燈が声をかけると、ステラは片方の目だけを開けて返事のようにゆっくり瞬きをした。
初めは閑古鳥が鳴いていたこの店も、いつしか訪れる人が増えていった。
駅からの帰り道にこの店の前を何度も通り過ぎていた人。こんなところに古本屋なんてあったっけと、ある日ふと歩みを止めた人。誰かから変わった占いがあるらしいと噂話を聞いて、好奇心で扉を押した人。
そんな人達が不思議とこの店の明かりに吸い寄せられてくる。
「いらっしゃいませ」
来客を知らせるベルの音に燈が視線を向けると、扉の所にスーツ姿の男性が立っていた。
ネクタイは少しだけ緩められていて、シャツは丁寧にアイロンがかけられているのかシワ一つ無い。髪もきちんと整えられているのに、表情はどこか暗かった。
年の頃は三十代半ばか。
仕事の途中にふと足が止まってしまった——そんな風情だった。
「あの、占いってやってるんですか」
男性は遠慮がちに店内を見渡しながら、声を落として尋ねた。
「はい。良かったら試されますか?」
燈が微笑むと、男性の肩が僅かにに下がる。
安堵と迷いと、そのどちらとも言えない何かが混ざった表情で燈に視線を向けた。
「じゃあ、お願いします」
