燈はカウンターに戻りそっと溜め息をこぼす。

 いつかの自分も、誰かにあんなふうに言ってもらいたかった。

 かつて行き場のない不安と寂しさを抱えて、孤独な夜を繰り返していた日々が頭を過ぎる。

 カウンターに上ったステラが再び丸くなる。白い毛並みの上に店の明かりが降り積もるようだ。
 燈はその背中をひと撫でしてから、空になった紙コップを片付けた。

 今日という一日の小さなさざ波が静かに引いていく。
 ページを捲る音と、ステラの喉を鳴らす音。それらが重なり合う店の奥は、外の世界とは別の時間を刻んでいるように思えた。

 リュミエール。

 店の名前の由来を決める時、燈はこう考えた。
 本が誰かにとっての光になればいい。そしてそんな光となれる場所がここであったらいい、と。

 本に描かれている物語は、それがフィクションであれノンフィクションであれ誰かの人生が詰まっているものであり、それを読むことで人は光を感じる。だからこれはあなたの光になるかもしれないと提案に気づいてもらえるように本を並べていく。誰かの心に寄り添う、そんな場所にしたかった。

 幼い頃自分を救ってくれた言葉の重さを燈は忘れていない。だからこそ今度は自分がそれを差し出す側になっているのだ。

 路地を吹き抜ける風が表の看板を小さく揺らす。
 藍色の上で白い猫のシルエットが夜空の星に向かってひそやかに跳ねた。

 夜はこれから少しずつ深くなっていく。
 その深さの分だけ、誰かの朝が優しく近づいていることを願いながら。