「ありがとう、ステラ」
燈は立ち上がると囁くように言い残し、その本をそっと抜き取った。表紙の端が少し擦れている。けれどその疲れた表情の奥で、言葉達は誰かを待っている気がした。
燈は本を胸元に抱え、少女の待つ席へ戻る。
テーブルにそっと置かれたのは、恋愛小説だった。装丁は文字だけのデザインで古めかしいが、タイトルは静かな光が宿っている。
燈がゆっくりとページに触れると、手首の動きに合わせて紙の匂いがふわりと香った。どのページを開くのかは燈自身にも分からない。ただ指先の重さに任せて紙を捲っていく。
ニャア。
テーブルの傍で成り行きを見守っていたステラが鳴いた所で、動きを止めた。
燈はその見開きの中央辺りに視線を落とすと、文字の並びの中から一つの文を紡いだ。
「—— 恋にならない夜でも、あなたの心は別の優しさを探していた。その探し方が、あなたが優しい人だという証です」
静かな店内にその言葉が落ちる。
燈はページに指を挟んだまま、そっと続けた。
「恋愛って心の中で一つの色を決めることじゃないと思うんです。貴方は幼なじみの彼と過ごす安心の色と、恋の色がどこで分かれていくのか確かめたかっただけ。それは必要な時間だったと思います」
彼女と視線が合うと、僅かに睫毛が震えた。
ステラが足もとにすり寄り、彼女の靴先に頭をこすりつける。
「壊したくなかった関係を大切に思えたなら、それも立派な好きの形です。でも、相手と同じ形のままではいられなかった。それに気づけたのも、貴方がちゃんと誠実だったからですよ」
本に視線を戻すと、続ける。
「恋は相手を尊重するだけじゃなくて自分の気持ちを理解していくことでもあると思います」
