燈はお茶の入った紙コップを盆に乗せ静かな足取りで近づくと、少女は鞄を膝の上に抱きしめるようにして視線を落としていた。
「よろしければ、どうぞ。温かいものを飲むと、緊張も解れますから」
「あ、ありがとうございます……」
テーブルに置かれた紙コップを持ち上げてゆっくり傾けながら、彼女は所在なさげに本棚を見つめた。
「さっそく占いの説明をさせて頂きたいのですが」
「はい」
「この店では本占いと呼んでいます」
「本占い……」
少女はその言葉を、口の中でそっと転がすように繰り返す。
「普通の占いとは少し違うんです。運勢を見たり、当てたりするものじゃなくて。今のあなたの心の悩みや不安をそっと照らしてアドバイスをします」
燈はそう説明しながら、ステラに視線を送った。
「ステラ——彼女がその答えを導いてくれます」
「……猫が?」
ステラが気配を感じさせない足取りで近付きながらにゃあと小さく鳴く。不思議そうな顔の彼女に問いかけた。
「貴方の知りたい事を、話せる範囲で教えて下さい」
彼女は少し迷うように下唇を噛んで、それから小さく口を開いた。
「付き合ってた人がいたんです。幼なじみで、向こうが私を好きだって言ってくれて。人間性に惹かれていたし関係を壊したくなくて付き合いました。でも……」
言葉が続かない。
燈は続きを急かさず、沈黙を落とした。彼女は自分の中の感情と今初めて向き合っているのかもしれない。言葉になる前のざらざらした感情が、そのまま喉の奥でつかえているようだった。
「でも、私……うまく好きになれなくて」
絞り出すように、彼女が告げた。
「こんなに大事にしてくれる人、いないって分かってるのに。ちゃんと好きにならなきゃって思うのに。手を繋いだり抱きしめられたりする度に、どんどん苦しくなって……ごめんなさいって、別れてしまいました」
落とされた謝罪は彼に向けたものというより、自分自身への懺悔のように聞こえた。
「なのに別れたあと、もっと苦しくなって。今度は、相手をちゃんと好きになれなかった自分のことが嫌いになりました。もっと上手く好きになれたらよかったのにって」
燃えるような恋よりも、静かに寄り添う関係を望む人もいる。
逆に誰かの愛情に、重さを感じてしまう人もいる。
自分の心の速度と、相手の心の速度が合わないことは珍しくない。それでも心優しい人は、自分の方が間違っている気がしてしまう。
「……だから占いで、遅かれ早かれこうなる運命だったって言って貰えたら少し楽になるかなって。自分勝手だなって分かってるんですけど」
言葉尻が微かに震える。
「相手のことを思い遣って悩んでここに来ている時点で、自分勝手なんかじゃないですよ」
燈のその言葉に、彼女は眉根を下げて小さく微笑んだ。
「では、ステラにお願いしますね」
ステラは言われるよりも早く、いつの間にか本棚の前で立ち止まっていた。ある一角を見上げてぴたりと動きを止めながら、身軽に本棚の隙間に飛び乗る。
そのまま前足を持ち上げると、並んだ背表紙の中から一冊の本にそっと触れた。
