入り口脇にあるカウンターは、少し磨り減った木目の上に、アンティーク雑貨とセルフレジと、手のひら程のハチワレ猫の置物が置かれている。店の奥にある丸テーブルの上には、それと瓜二つの白い塊が丸くなっていた。

 ステラだ。
 綿飴みたいに触れてしまえば溶けてしまいそうな真っ白い毛並みと、額から鼻先にかけて白い線がすっと通り、その左右にミルクティー色の毛が広がっている。丸く閉じた体の奥から、時々微かな寝息と一緒に喉を鳴らす音がこぼれる。瞼の下に隠された瞳は、目を開ければ宝石を映したような琥珀色に輝いた。

 ステラは、ただの看板猫ではない。この本屋の仕事仲間だ。
 カウンターの内側で、そのステラを見守っているのが、この店の主——(あかり)だった。

 燈は、素朴な雰囲気と静けさを纏った女性だ。化粧も殆どしていない。けれど、肌の白さと唇の淡い色だけで十分に整って見えた。横顔だけを見ると、少女のようにどこかあどけなさを感じる。肩にかかるくらいの黒髪を後ろで緩く纏め、深いグレーのカーディガンを羽織っていた。派手さのない外見なのに、彼女の輪郭だけが温度の違う空気で縁取られているみたいに柔らかく浮かび上がる。

 燈が本のページを捲る音と、外から微かに届く車の走行音。壁時計の秒針の音だけが小さく響いていた。

 ゆっくりと流れていた時間を破ったのは、ドアベルの音だった。
 カランと軽快に鈴の音が揺れて、燈は手にしていた小説から顔を上げる。

「いらっしゃいませ」

 落ち着いたソプラノの声が扉の傍に立っていた制服姿の少女に向けられる。紺色のブレザーの肩越しに、沈みゆく空のコントラストが滲んでいる。鞄の持ち手を握る指先は、冷たい風を長く握りしめていたみたいに少し赤くなっていた。

 少女は視線のやり場を探すように店内をぐるりと見渡し、カウンター前で寝そべるステラに気付くと、ふっと表情を和らげて燈に視線を向けた。

「あの、ここで少し変わった占いが出来るって聞いたんですけど」

 好奇心を覗かせた瞳と目が合う。

「出来ますよ、試されますか?」
「はい、お願いします」
「畏まりました。奥の席に座って少しお待ち頂けますか?」

 彼女は小さく会釈をして、棚と棚の間を歩いて行く。燈はその背中を見送りながら、給茶機に紙コップをセットするとボタンを押して注がれるのを待つ。
 湯気が立ち上ってほんのりと焙じ茶の香りが広がると、カウンター前で丸くなっていたステラが片方の耳をピクリと動かした。

「ステラ」

 燈が小さく呼ぶと、白い背中がゆっくりとほどけていく。シロは背筋を伸ばし、大きく欠伸を溢した。燈がそっと頭を撫でると、片目を瞑り喉の奥からごろごろと柔らかい音が落ちた。