深い紺色の布地に、金色の糸で小さな星々が散りばめられている。中央には白い猫の絵が一匹、夜空を見上げるように描かれていた。猫の目には金色のビーズの粒が縫い付けられていて、光を受けて微かに煌めく。

 燈は思い出した。
 胸の奥にしまい込んでいた記憶が、一気に色を取り戻したように。

 紙をめくる音、優しく読み聞かせる母の声、布団に潜り込んで本を抱きしめながら眠りについた記憶——それらがまるで一枚の古いフィルムのように、一気に脳裏に流れ込んでくる。

「この本」

 燈の声が、微かに震えた。

「ご存じなの?」

 老婦人が首を傾げる。
 燈は目を伏せたまま、表紙の猫をそっと撫でた。
その猫の名前を何度も口にしてきた。

 ——ステラ。

 珍しい星を探しながら夜を旅して、迷子の心に小さな明かりを落としていく猫の物語。

「私が子どもの頃に読んでいた絵本です」

 ようやく、それだけを言葉にできた。老婦人は嬉しそうに目を細める。

「あらまあ。やっぱりここに連れてきて正解だったのねえ」

 燈は息をひとつ吸い込んでから、ゆっくりと問いかけた。

「どこで、この本を?」
「昔ね、近所に小さな本屋さんがあったの。今はもうないけれど、そこの店主さんが店を畳む前に、幼かった私に譲ってくれたの」

 老婦人の言葉を聞きながら、燈の鼓動がやけに大きく響いた気がした。
 燈は少しだけ笑みを浮かべた。これ以上記憶の底を掘り返しすぎると、今ここにある時間が崩れてしまいそうで、慎重に言葉を選ぶ。

 ステラが、いつの間にか足元に来ていた。燈の足首に、柔らかな体をすり寄せる。
 まるでここにいるよと知らせる合図のようだった。

「この絵本、大切に読まれていたんですね」
「ええ。うちの子どもたちが小さい頃、よくこれを読んでってせがまれたの。眠れない夜はステラと一緒に旅に出るって」

 老婦人の顔に、遠い日を思い出すような笑みが浮かぶ。
 自分の名前を呼ばれたと思ったステラがにゃあと彼女を見上げた。

「この子もステラって言うんです」
「あらほんと、あなたのお名前とっても素敵ね」

 背中を撫でられて目を細めたステラは、気を良くしたのか喉を鳴らす。