頁をめくるとき


 その日、路地には久しぶりに陽の光が差し込んでいた。
 昨夜まで降り続いていた雨の名残りが、アスファルトの隙間に小さな水溜まりをつくり、そこに丸く切り取られた空が映り込んでいる。
 お店のガラス戸にも、午後の光が柔らかく反射していた。

 ベルが鳴り燈がカウンターから顔を上げる。
 戸口に立っていたのは、背の曲がった老婦人だった。

 グレーのコートの胸元には宝石をあしらったように綺麗なブローチが飾られている。
 手には紙袋をひとつ、大事そうに抱えていた。

「こんにちは。ここは古本屋さん、で合ってるかしら」
「はい。古本と少しだけ占いもしている店です」

 燈がそう言うと、老婦人は「あらまあ」と目を細めて笑った。
「占いねえ。私の年になると、未来を占ってもらうより、今までのことを誰かに聞いてもらいたくなるものよ」
「それは是非、聞いてみたいです」

 そう返すと老婦人は楽しそうに肩を揺らし、「それもそうなんだけどね」と言いながら抱えていた紙袋をそっとカウンターの上に置いた。
 開いた袋の口から、年季の入った布の背表紙がちらりと見える。

「本の整理をしていたらね、昔の物が沢山出てきて。図書館に持って行こうかとも思ったんだけど......なぜかこの一冊だけは、ここに連れてきたほうがいい気がしてねえ」
「ここに、ですか?」
「ええ。最近不思議な古本屋さんがあるって聞いたのよ。猫が相手に合った本を選ぶって」

 老婦人は、わざとらしく目を丸くして見せる。

「そんな話を聞いたら、来てみたくなるでしょう?」

 燈は老婦人につられて笑いながらも、胸の奥にはかすかなざわめきが湧きはじめていた。

——この紙袋に入っている本を、知っている気がする。
 そんな根拠のない予感。

「拝見してもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。ちゃんと誰かに読まれたほうがこの子も幸せでしょうからね」

 老婦人は、まるで昔の友人を紹介するみたいに言った。
 燈は小さく頷き、紙袋の口をそっと広げ
る。中から布張りの絵本を一冊両手で抱え上げた。