「……私、結婚とか子どもとか、あまり興味がなくて」
その言葉の出だしには、言い慣れた感じがあった。
何度も誰かに説明して、何度も伝わり切らなかった人の声に思えた。
「周りの友達はどんどん結婚して、出産して。SNSを開くと指輪とかウエディングドレスとか、赤ちゃんとかでいっぱいで。親もあんたはいつになるかなって、笑いながら言ってくるんです」
彼女はそこで、少し口をつぐんだ。
「怒ってるわけじゃなくて、本当に「普通のこと」を言ってる感じで。私も別に今はまだ早いって返してきてたんですけど」
そこで、彼女の喉がきゅっと詰まった。
「最近は今はって言い訳も苦しくなってきて。たぶんこの先もその今は訪れないかもしれないなって、なんとなく分かってて」
静かに頷きながら、燈は耳を傾ける。
「結婚が嫌いなわけじゃないんです。子どもも。ただ自分がその中にいる未来が、どうしても想像できなくて……」
彼女の指先が微かに震える。
「一人でいるのが楽なんです。仕事して帰って、ご飯を食べて本読んで、寝て。誰にも気を遣わずに自分のペースで生きてる時が一番落ち着く。でも、そのことを親に言うと、すごく悲しい顔をされて」
悲しまれると、人は自分が間違っているように思ってしまう。
違いではなく「欠けた部分」として扱われてしまうから。
「そんなこと言ってないで、早くいい人見つけなさいって。幸せになってほしいだけなのにって」
その最後の一言が、彼女の胸に一番刺さっているのだろう。
「幸せになってほしいだけって言われると、自分の今が不幸ですって認めさせられてるみたいで。周りから結婚してない=かわいそうみたいな視線で見られるのも、しんどくて」
彼女は小さく笑って、首を振る。
「何度も一応頑張れみようかなって思ったんです。友達に良い人を紹介してもらったり、アプリ入れてみたり。でもどれも続かなくて。自分だけ何かを拒否してるみたいに、歪なんじゃないかって」
燈は、暫く沈黙を落とした。
言い慣れた言葉の奥で、本当の声が静かに揺れている。
「本当はどうしたいんだろうって考えたくて、ここに来ました」
彼女が目を伏せたまま、そう付け加えた。
