夕暮れ時。
 頭上に広がる空は昼と夜の群青が混ざったような中途半端な色をしていて、風も冷たいわけでも温かいわけでもない。
 そんなどっちつかずの時間帯に、彼女は扉の前で一度立ち止まった。ガラス越しに見える本棚と灯りをじっと見つめ、それから意を決したように取っ手に手をかける。

 カラン。
 心地良いベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませ」

 そう声をかけると、燈に向けて彼女は小さく会釈をした。

 二十代の後半くらいだろう。シンプルなシャツにカーディガン、紺色のパンツ。どこにでもいそうな服装なのに、まっすぐ伸びた背筋と無駄のない仕草が、静かな品の良さと彼女の人柄までもうっすらと滲ませていた。

 扉を閉めた瞬間、彼女はほっとするように息を吐き、外気を振り払うみたいにカーディガンを撫でてからゆっくりと店内に足を踏み入れた。

 カウンターの端で丸くなっていたステラが、気配の変化に気づいて片目だけをそっと開ける。新しいお客さんが来たときの、あの子のいつもの癖だ。

 彼女は本棚を一巡するようにゆっくりと見て回り、店内の空気を確かめるみたいに何度か視線をさまよわせてから、カウンターに立つ燈に声をかけた。

「占って欲しいんじゃなくて、どっちかって言うと話を聞いて貰いたいんですけど。それって出来ますか」
「勿論です。このお店はむしろそっちが主旨でやってます」

 そう答えてから、燈は焙じ茶の用意に取りかかる。給茶機から香ばしい香りがふわりと立ちのぼった。湯気の向こうで彼女の肩の力が少し抜けたのが、なんとなく分かる。

 燈は店の奥にある窓際の小さなテーブル席を指さす。

「こちら、どうぞ」

 先に彼女を座らせ、そっとカップをテーブルの上に置く。茶色い液面から立ちのぼるかすかな湯気が、彼女の頬をなでていった。

 その足元では、シロが床を滑るように近づき、音も立てずにテーブルの下で丸くなる。初対面の人をそっと見守るときの定位置だ。

「本占いは未来を当てるものではないですけれど、お客様の心情に合う言葉を、本の中から探してアドバイスするというものです」

 燈はそう説明しながら、彼女の表情をそっと観察する。迷いとかすかな期待と諦めが、薄い膜のように重なり合っている顔だった。

「もし差し支えなければ、ここに来る前に考えていたことを少し聞かせてもらえますか」

 彼女は頷きも否定もせず、ただ黙ってカップを両手で包み込む。温度がじんわりと指先に広がるのを待つように、暫く言葉を選ぶ沈黙が続いた。