駅前の大通りから一本細い路地に折れると、空気が少し変わる。
車のエンジン音や人混みの喧騒が遠のき、代わりに建物の隙間をすり抜けていく風の音と、どこかの店の換気扇が路地の奥行きを測るように響いていた。
人通りの少ないその通りには、看板の明かりが所々途切れている昔ながらの飲食店や、築年数の古そうなアパートが肩を寄せ合うように並んでいた。錆びた郵便受けや、掲示板の色褪せたポスター、出しっぱなしのビールケースが、暮らしの気配をひっそりと路上にはみ出させている。
その並びの中ほど、三階建ての雑居ビルの一階にあるその店は、ガラス戸の向こうで小さな明かりを静かに灯し、誰かがふと足を踏み入れてくるのを今日も待っていた。
Lumière 古本と猫の本占い
定休日 月・火曜日 12時〜21時 Open
軒先に立ててある藍色の看板は日に晒され、少し色が褪せてしまっている。それでも白い文字と小さく跳ねるように描かれた猫のシルエットだけは、不思議とくっきりしていた。それは夕暮れの淡い光を受け止めて、アスファルトに小さく影を落としていた。
扉は木枠のガラス戸で、ガラス越しに覗くと整列した本棚と、天井のランプの明かりがぼんやり映る。少しオレンジがかった、紙と木目調の内装に合う柔らかい光だ。
店の中は、外から見たよりも広く感じられる。天井まで届きそうな本棚が壁に沿ってずらりと並び、その間を縫うように平積みにした書物が置かれている。
紙が日焼けし、インクと埃の匂いに遠い誰かの記憶が静かに混ざり合う。そこにほのかに混ざるのは、かつて読んでいた誰かの香水、ひとつ前の持ち主が飲んだ紅茶、そして、時折ページの隙間に眠る、古い花弁の乾いた香り。
それらが混ざりあって、古本屋はひとつの呼吸をしている。新しい匂いではない。けれど、どこか懐かしく、安心する。まるで、忘れた夢の続きを思い出すときのように。
