萌音ちゃん一家が住む街にはわりと大きな神社がある。恒例行事となった夏祭りが、今週土日の二日間にかけて開催されるのである。
屋台が境内の両端に所狭しと並んでいて、その熱気と照らされる電飾が夜の闇も溶かしていくみたいに熱かったなと思い浮かべた。
今よりもっと小さなボクは萌音ちゃんのカゴバッグに入って夏祭りを楽しんだ。
萌音ちゃんはフランクフルトを少し分けてくれる。本当は人間の食べるものは塩分が強いから与えないようにしているらしいんだけど、お祭りだからちょっとだけだよとボクにくれる。
いつも食べるキャットフードと違って、舌に苦味が残る味だ。でもマズくはない、癖になるかもしれない味だ。人間はこういうものをいつも食べているんだなと興味すら沸いた。
七夕まであと六日と迫った。
おりひめさまと、ひこぼしさまは今年も無事に天の川で再会することができるのかな。あまりにも同じ夢ばかり見続けるので少し不安になった。
「ミルク、ねえ見て。浴衣ママに買ってもらったの! ちょっと試しに着てみたんだけど、どう? 似合ってる?」
「ニャーン(すごく可愛い!)」
「えー? どうしたのミルク。擦り寄ってるってことは似合ってるってことでいいのかなー」
「ニャッ(そうそう)」
鏡に映る萌音ちゃん。去年に比べてまた一段と女性らしくなっていた。
背丈もうんと伸びて、手足なんかすらりと長い。細いけれどちゃんとどこかしらに丸みを帯びている。浴衣を着た彼女が、ボクには眩しすぎてずっと見ていられないくらいだと思った。
それはいつも一緒にいるボクだからわかること。浬もボクよりは一緒にいるけれど、ボクはもっとずっと萌音ちゃんと同じ部屋にいるんだ。だからボクの方が萌音ちゃんのこと──。
……ボク、浬に嫉妬してる。
浬の方が相応しいことくらい、初めからわかっていることなのに。だって人間なのだから。
こうしてボクの気持ちが沈んでいたって表情に出すのは難しい。ボクがニャアと泣けば君は読み取ろうとするだろう。よっぽど体調が悪くてぐったりしてない限り、君は笑顔で受け止めるだろうから。
言葉を持たないボクが深い悲しみに触れてしまったとき、ただ黙って静かに受け入れるしかなんだ。
言葉を発することも、涙を流すこともできないボクは、どうやってこの感情を伝えたらいいのだろう。どうやって君のことを好きだと伝えたらいいんだろう。
人の言葉を理解できてしまうボクだから、苦しい。
ぜんぶ、吐き出せたらどれほど楽になれるんだろう。
お日様の当たらない、冷たい檻の中で過ごした時期の方が、実は何も知り得なくてよかったのかもしれない。
眠りながら、苦しまずに天国へ行けたらよかったのかもしれない。
成長して、ちょっとだけ大人になったボクの感情はとても豊かになっていた。こうして今、ボクを笑顔で抱きしめる君のことを、こんなにも愛おしいと思うのに。
「もうすぐ七夕だね。ミルクのお願いごとは何かな? 私のお願いごとはね、やっぱり浬くんとのことかなー。浬くんと両想いになれますようにって。でもみんながみんな流れ星に向かって願いごとしたら叶うわけないよね。織姫様も彦星様も困っちゃうもん。だから私、今年の願いごとはやめる。その代わりにね、二人が天の川で無事に出会えますようにって願ってあげることにする」
「ニャアー(ああっ、萌音ちゃん優しい!)」
精一杯の気持ちを込めて声を上げて、彼女の頬をペロリと舐めた。
君は嬉しそうに頬ずりをしてくる。何度も何度も。
どんなときでも君は優しい。
だから好きになった。
決めた。
君のために願いごとをする。
だから大丈夫、安心していて。
屋台が境内の両端に所狭しと並んでいて、その熱気と照らされる電飾が夜の闇も溶かしていくみたいに熱かったなと思い浮かべた。
今よりもっと小さなボクは萌音ちゃんのカゴバッグに入って夏祭りを楽しんだ。
萌音ちゃんはフランクフルトを少し分けてくれる。本当は人間の食べるものは塩分が強いから与えないようにしているらしいんだけど、お祭りだからちょっとだけだよとボクにくれる。
いつも食べるキャットフードと違って、舌に苦味が残る味だ。でもマズくはない、癖になるかもしれない味だ。人間はこういうものをいつも食べているんだなと興味すら沸いた。
七夕まであと六日と迫った。
おりひめさまと、ひこぼしさまは今年も無事に天の川で再会することができるのかな。あまりにも同じ夢ばかり見続けるので少し不安になった。
「ミルク、ねえ見て。浴衣ママに買ってもらったの! ちょっと試しに着てみたんだけど、どう? 似合ってる?」
「ニャーン(すごく可愛い!)」
「えー? どうしたのミルク。擦り寄ってるってことは似合ってるってことでいいのかなー」
「ニャッ(そうそう)」
鏡に映る萌音ちゃん。去年に比べてまた一段と女性らしくなっていた。
背丈もうんと伸びて、手足なんかすらりと長い。細いけれどちゃんとどこかしらに丸みを帯びている。浴衣を着た彼女が、ボクには眩しすぎてずっと見ていられないくらいだと思った。
それはいつも一緒にいるボクだからわかること。浬もボクよりは一緒にいるけれど、ボクはもっとずっと萌音ちゃんと同じ部屋にいるんだ。だからボクの方が萌音ちゃんのこと──。
……ボク、浬に嫉妬してる。
浬の方が相応しいことくらい、初めからわかっていることなのに。だって人間なのだから。
こうしてボクの気持ちが沈んでいたって表情に出すのは難しい。ボクがニャアと泣けば君は読み取ろうとするだろう。よっぽど体調が悪くてぐったりしてない限り、君は笑顔で受け止めるだろうから。
言葉を持たないボクが深い悲しみに触れてしまったとき、ただ黙って静かに受け入れるしかなんだ。
言葉を発することも、涙を流すこともできないボクは、どうやってこの感情を伝えたらいいのだろう。どうやって君のことを好きだと伝えたらいいんだろう。
人の言葉を理解できてしまうボクだから、苦しい。
ぜんぶ、吐き出せたらどれほど楽になれるんだろう。
お日様の当たらない、冷たい檻の中で過ごした時期の方が、実は何も知り得なくてよかったのかもしれない。
眠りながら、苦しまずに天国へ行けたらよかったのかもしれない。
成長して、ちょっとだけ大人になったボクの感情はとても豊かになっていた。こうして今、ボクを笑顔で抱きしめる君のことを、こんなにも愛おしいと思うのに。
「もうすぐ七夕だね。ミルクのお願いごとは何かな? 私のお願いごとはね、やっぱり浬くんとのことかなー。浬くんと両想いになれますようにって。でもみんながみんな流れ星に向かって願いごとしたら叶うわけないよね。織姫様も彦星様も困っちゃうもん。だから私、今年の願いごとはやめる。その代わりにね、二人が天の川で無事に出会えますようにって願ってあげることにする」
「ニャアー(ああっ、萌音ちゃん優しい!)」
精一杯の気持ちを込めて声を上げて、彼女の頬をペロリと舐めた。
君は嬉しそうに頬ずりをしてくる。何度も何度も。
どんなときでも君は優しい。
だから好きになった。
決めた。
君のために願いごとをする。
だから大丈夫、安心していて。

