「きゃっ、えっ、誰!?」
「萌音ちゃん。ボクだよ、ミルク」
「ミルクって、そんな……うそっ!」
萌音ちゃんは瞬きを忘れたように、大きな瞳をさらに見開いていた。
目の前でボクがいきなり人間の姿になったんだから驚きもするだろう。きっと彼女は浬と同じことを言うだろうって予想した。
「……私、夢を見てる?」
「うん、そうだよ。萌音ちゃんに伝えたいことがあるから、君の夢の中に潜り込んだんだ。驚いた?」
やっぱりだ。
萌音ちゃんはボクから目を逸らさずに頷いた。
「いまね、すごーく不思議な気分」
「夢だからいいんだよ」
「ミルクの瞳……」
「瞳?」
「瞳の色がミルクと同じ青い色だから、やっぱり君はミルクなんだよね。だから私、君がミルクだって信じる」
「萌音ちゃん嬉しいよ。ありがとう」
「こんな素敵な夢なら何度でも見たいし何度でも会いたいよ。だって猫のミルクと話せるんだもん」
ボクだって何度でも君に会って会話したいさ。
人間になったボクは萌音ちゃんよりも遥かに背が伸びていた。目の前にいる小柄な彼女を急に意識する。
こうして人間の姿になってみると、人が恋を知る気持ちをなんとなくだけど理解できる。
胸の奥に閉じ込めていた萌音ちゃんへの想いが溢れ始めた。
こんなにも切なくて。
こんなにも胸が苦しくなって。
こんなにも愛おしいと思えるなんて。
猫のままだったら知り得なかった感覚だ。きっと浬もこんなふうに胸が苦しかったんだよな。
「ボクのこと、冷たい檻の中から連れ出してくれてありがとう。ずっとお礼が言いたかったんだ。萌音ちゃんと一緒に過ごす時間がね、ボクに生きる意味を教えてくれたんだ」
「あの時ね、ミルクの青い瞳がすごく綺麗って思ったの。何度かミルクに会いに行ったんだけどいつも寝てたんだよ」
「……ごめんね。萌音ちゃん」
「ううん、いいの。それであの日やっとミルクと目が合ってね。私、ミルクに一目惚れしちゃった!」
「ボクだってあの日、君に一目惚れしたんだよ」
「そうなんだ! 嬉しい!」
彼女の花びらのような小さな手をそっと握った。
同時に体内時計の秒針がカチカチと動き出した。
この幸せな時間はそれほど残ってはいないだろう。
ならば。そう思い彼女を抱き寄せた。
いつもは萌音ちゃんに抱っこされて抱きしめられているボク。
でも今だけは男でありたい。
だから思いっきり抱きしめて触れさせてほしい。
「ミ、ミルク?」
「いつもこうしてボクを抱きしめてくれてありがとう」
「うん。私、ミルクに抱きしめられてるんだね、嬉しい。あったかい」
「ボクも」
「夢じゃないみたい」
「萌音ちゃん?」
「なあに、ミルク」
おりひめさまと、ひこぼしさまに聞いたこと。
萌音ちゃんに触れてから五分後に猫の姿に戻ること。
彼女の記憶に、ボクと話したことが一つも残らないこと。
ボクが人の言葉を聞くのも理解する力も、こうして言葉にして話すことも失うということを。
ボクの記憶も永遠に消えてしまうということだ。
彼女の澄んだ瞳を見つめた。
残り少ない秒針がカウントダウンし始める。
夢を見ている彼女はそんなこと知る由もない。
迫りくる時間。
これは一種の賭けでもあった。
例え全てを忘れようと後悔しない。
言わないまま終わるよりはずっといい。
浬に偉そうなことを言っておいて、ボクも言わないままなんてズルいよって言われそうだしさ。
残り数秒。
それでもボクはこの日のために生まれてきたんだ。
恋を知るために。
生きている喜びを知るために。
君に出会うために。
「好きだ、萌音ちゃんが大好きだよ」
まだ咲きかけの蕾のような、彼女の瑞々しい唇にキスをした。
天の川より降り注ぐ無数の輝き。
藍色に染まった夜空に打上花火のように散らばる。
走馬灯のようにボクの記憶が上書きされていく。
想い出は沢山の星となって舞い上がった。
◻
◻
◻
書き終えたノートはそこで静かに閉じられた。
end
「萌音ちゃん。ボクだよ、ミルク」
「ミルクって、そんな……うそっ!」
萌音ちゃんは瞬きを忘れたように、大きな瞳をさらに見開いていた。
目の前でボクがいきなり人間の姿になったんだから驚きもするだろう。きっと彼女は浬と同じことを言うだろうって予想した。
「……私、夢を見てる?」
「うん、そうだよ。萌音ちゃんに伝えたいことがあるから、君の夢の中に潜り込んだんだ。驚いた?」
やっぱりだ。
萌音ちゃんはボクから目を逸らさずに頷いた。
「いまね、すごーく不思議な気分」
「夢だからいいんだよ」
「ミルクの瞳……」
「瞳?」
「瞳の色がミルクと同じ青い色だから、やっぱり君はミルクなんだよね。だから私、君がミルクだって信じる」
「萌音ちゃん嬉しいよ。ありがとう」
「こんな素敵な夢なら何度でも見たいし何度でも会いたいよ。だって猫のミルクと話せるんだもん」
ボクだって何度でも君に会って会話したいさ。
人間になったボクは萌音ちゃんよりも遥かに背が伸びていた。目の前にいる小柄な彼女を急に意識する。
こうして人間の姿になってみると、人が恋を知る気持ちをなんとなくだけど理解できる。
胸の奥に閉じ込めていた萌音ちゃんへの想いが溢れ始めた。
こんなにも切なくて。
こんなにも胸が苦しくなって。
こんなにも愛おしいと思えるなんて。
猫のままだったら知り得なかった感覚だ。きっと浬もこんなふうに胸が苦しかったんだよな。
「ボクのこと、冷たい檻の中から連れ出してくれてありがとう。ずっとお礼が言いたかったんだ。萌音ちゃんと一緒に過ごす時間がね、ボクに生きる意味を教えてくれたんだ」
「あの時ね、ミルクの青い瞳がすごく綺麗って思ったの。何度かミルクに会いに行ったんだけどいつも寝てたんだよ」
「……ごめんね。萌音ちゃん」
「ううん、いいの。それであの日やっとミルクと目が合ってね。私、ミルクに一目惚れしちゃった!」
「ボクだってあの日、君に一目惚れしたんだよ」
「そうなんだ! 嬉しい!」
彼女の花びらのような小さな手をそっと握った。
同時に体内時計の秒針がカチカチと動き出した。
この幸せな時間はそれほど残ってはいないだろう。
ならば。そう思い彼女を抱き寄せた。
いつもは萌音ちゃんに抱っこされて抱きしめられているボク。
でも今だけは男でありたい。
だから思いっきり抱きしめて触れさせてほしい。
「ミ、ミルク?」
「いつもこうしてボクを抱きしめてくれてありがとう」
「うん。私、ミルクに抱きしめられてるんだね、嬉しい。あったかい」
「ボクも」
「夢じゃないみたい」
「萌音ちゃん?」
「なあに、ミルク」
おりひめさまと、ひこぼしさまに聞いたこと。
萌音ちゃんに触れてから五分後に猫の姿に戻ること。
彼女の記憶に、ボクと話したことが一つも残らないこと。
ボクが人の言葉を聞くのも理解する力も、こうして言葉にして話すことも失うということを。
ボクの記憶も永遠に消えてしまうということだ。
彼女の澄んだ瞳を見つめた。
残り少ない秒針がカウントダウンし始める。
夢を見ている彼女はそんなこと知る由もない。
迫りくる時間。
これは一種の賭けでもあった。
例え全てを忘れようと後悔しない。
言わないまま終わるよりはずっといい。
浬に偉そうなことを言っておいて、ボクも言わないままなんてズルいよって言われそうだしさ。
残り数秒。
それでもボクはこの日のために生まれてきたんだ。
恋を知るために。
生きている喜びを知るために。
君に出会うために。
「好きだ、萌音ちゃんが大好きだよ」
まだ咲きかけの蕾のような、彼女の瑞々しい唇にキスをした。
天の川より降り注ぐ無数の輝き。
藍色に染まった夜空に打上花火のように散らばる。
走馬灯のようにボクの記憶が上書きされていく。
想い出は沢山の星となって舞い上がった。
◻
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書き終えたノートはそこで静かに閉じられた。
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