あぁ、俺は本当に何をしてるんだろう。
もうそろそろ家を出ないと電車に間に合わないっていうのに、俺は一人で猛反省会をしている。
何について反省してるかって、ここ最近あからさまに伊澄を避けてしまったこと。
伊澄は変わらずこまめに連絡をくれるけど、俺が素っ気ない返信をしたり、用事があるってバレバレの嘘で一緒に登下校するのを避けたり。
「はぁ……俺は何がしたいんだ」
部屋のベッドに寝転びながら、ぼんやり天井を眺める。
もっと自分に自信があれば、伊澄に対してこんな態度を取ることもなかっただろうし。
伊澄とのメッセージのやり取りを見返していると、このタイミングで新たにメッセージが届いた。
【今日一緒に行けますか?】
あ、やば……既読つけてしまった。
返信もせずアプリを慌てて閉じて、俺はリュックを持って部屋を飛び出した。
家の玄関を出ると、まさかの光景が飛び込んできた。
「え、なんで伊澄がここに……?」
「連絡しても無視されるかもと思ったんで」
まさか外に伊澄がいるなんて微塵も想像してなかった俺は、地面に目線を落としたままリュックの紐をギュッと強く握る。
「俺のこと避けてますよね」
「…………」
「俺なんかしました?」
「伊澄は何も悪く……ない」
「じゃあ、なんで俺と一緒にいてくれないんですか」
俺が伊澄と二人でいたら、また周りの奴らに何か言われるかもしれない。
俺が何か言われるのはいいけど、俺のせいで伊澄が悪く言われるのは嫌だ。
「ご、ごめん。ほんとにごめん……!」
伊澄がどんな顔をしてるか見るのが怖くて、俺はその場から逃げてしまった。
幻滅されたかもしれない……。
こんなことしてる時点で、伊澄の隣にいる資格なんかない。
*
あれから数日、俺の中でたくさん反省して考えた。
自分が変わりたい……今までそう思ってきたことは何度かあったけど、実際に行動に移すことはなかった。
けど、今はーー。
「大丈夫だ、大丈夫……」
変わる意識が俺には足りなかった……だから、少しずつ自分を好きになることから始めたい。
小さな一歩かもしれないけど、踏み出してみることが大事だし……そう思わせてくれたのは、ぜんぶ伊澄のおかげだ。
俺はとある決心をして、学校に向かった。
「深谷じゃん、はよー。なんかいつもと雰囲気違くね?」
「ほんとだ! んー、何が違うんだ?」
クラスに着くと、早速クラスメイト数名に声をかけられた。
まじまじと顔を見られて、緊張から表情が強張る。
普段あまり話さないクラスメイトと話してるだけでも、俺にとっては心臓バクバク案件。
いつもなら挨拶だけして、ささっと自分の席に逃げていたけど……。
「あれだ、マスクしてねーじゃん! 何気に深谷の顔しっかり見たの初めてだわ!」
「お前めっちゃいい顔してんのに隠すのもったいねーじゃん」
「だよな! そっちのほうが表情はっきり見えてわかりやすいし話しやすくなるよ」
「あ、ありがとう。そう言ってもらえてすごく嬉しい」
周りからどう見られるのか不安で、自分の顔が好きじゃないことで自信のなさから今までずっと自分を隠してきた。
少しずつだけど自分を好きになって、下を向くんじゃなくて前を向きたい。
「おー、誰かと思ったら真生じゃん」
「透馬、おはよう」
「なんだなんだ、どういう心境の変化だー?」
「自分を好きになる努力……みたいな」
「ははーん、さては伊澄くん絡みだろ!」
「自分に自信持って、伊澄の隣にいたいと思ったんだ」
「その心意気いいじゃん。お前、伊澄くんと過ごすうちに変わったな。前向きに変わろうとする姿は最高にかっこいいと思うぞ」
「う、うん。ありがとう」
起こるかわからない妄想をするよりも、実際に行動してみることが大事なんだと気づかされた。
*
俺はもう一つ心に決めたことがある。
それは、きちんと自分の気持ちを伊澄に伝えること。
当たって砕けろ……的な精神で、まあほぼ砕ける前提だけど……。
昔から一度決めたら居ても立っても居られず即行動するところは、俺の長所でもあり短所でもあると思う。
放課後、一人ソワソワしながら伊澄のクラスへ。
人生で今が一番緊張してる……かもしれない。
前の扉から中をそっと覗き込んで伊澄がいるか確認。
ホームルームが終わったばかりなのか、クラス内はまだ人が多くてざわついてる。
もしかしたら、もう伊澄は帰ってるかもーーあっ。
「伊澄……!」
しまった、完全に音量間違えた……。
伊澄の姿が視界に入ってきた瞬間、何も考えずに名前を叫んでしまった。
当然、クラス内にいるほとんどの視線は俺に集中し、伊澄は俺を見るなり驚いて固まっている。
直後、ハッとした表情を見せたかと思えば慌てた様子で俺のところまで来た。
「……何しに来たんすか」
「と、突然ごめん……迷惑だったよな」
声色からそんな感じが伝わってきたから。
「そうじゃなくて……あー、もう。いったん場所移動しましょ」
伊澄に手を引かれて、人通りが少ない渡り廊下のほうへ。
俺の手を引いて歩く伊澄は一度もこちらを振り返らず、足を止めた今も俺と目を合わせない。
それもそうか。散々避け続けた相手が今更なんのようだって感じだよな。俺なんかと話したくないかもしれない。
けど、それとは裏腹に、伊澄は俺の手を掴んだまま離さない。
「い、伊澄ーー」
「……なんで素顔見せてんすか」
「え……?」
ゆっくり俺のほうを見た伊澄は不満そう……というか拗ねてる? こんな表情の伊澄は貴重すぎる。
「どういう風の吹き回し……? 真生先輩ほんと何考えてんの」
「怒ってる、のか?」
「なんで俺以外に見せてんの……ムカつく」
「あの、もし俺の勘違いだったら否定してほしいんだけど……嫉妬、してーー」
「……当然でしょ。真生先輩の素顔他のやつに知られたくない」
こんな取り乱した伊澄は初めて見た。
同時に伊澄が俺に対してどういう感情を抱いているのか、知りたくて仕方ない。
いつも綺麗で整った伊澄の綺麗な顔が、嫉妬も混ざりあってギラついた瞳で俺を見てる。
「……嫌ならふりほどいて」
クリアに響いた低く甘い声に、抗うことなんかできるわけない。
吐息が唇にかかるほどの距離から自然と重なった。
触れた唇から全身に甘さがぐわんと回るような感覚……。
ほんの少し触れた後、伊澄がゆっくり引いていった。
「お、俺も……伊澄のぜんぶ独占、したい」
「…………」
「伊澄のことが好き……だ」
初めて自分の気持ちを打ち明けた。
伊澄からの言葉を聞くのが怖くないわけじゃない。どんな答えが返ってくるかーー不安に苛まれながら、ゆっくり伊澄を見た。
「え、伊澄の顔、赤い」
「っ、ちょ……見ないでください」
「な、なんで隠すんだよ。ちゃんと俺にも見せてくれ」
「あー……もうマジか……死ぬ」
へなへなっとその場に座り込んだ伊澄は下を向いたまま。
俺も目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「真生先輩なんなんすか……。いきなり俺のこと避けるし、かと思えばこんなことして……ほんとマジ読めねー……」
頭をガシガシかきながら、この状況を受け入れようとしてる伊澄。
「その、避けたことはごめん。周りにどう思われてるか不安で、俺は地味だから伊澄と釣り合ってないと思ったんだ。俺と一緒にいることで伊澄が周りに悪く言われるのも嫌だったし……」
「釣り合ってないとかカンケーないし。俺めっちゃ傷ついたんですよ真生先輩に避けられて」
わずかに見えた伊澄の目元から寂しげな雰囲気が感じ取れる。
「自分勝手なことして伊澄のこと傷つけてごめん。俺これからはもっと自信持って自分のこと好きになりたいって思ってるし……それと……」
「……それと?」
「隣にいるのは伊澄がいい」
拙い言葉だったかもしれないけど、伝えたいことは全部言えた。
「はぁー……つまり俺のことめっちゃ好きってことっすよね」
「う、うん。伊澄のことしか考えられないくらい……好き」
「あー、もう真生先輩が可愛すぎてぶっ壊れそう……」
俺の言葉を全部受け止めてくれて、優しく抱きしめてくれた。
「伊澄は、俺のことどう思ってる……?」
「そんなの好きに決まってるじゃないですか。ってか、前に言いましたよ真生先輩が本命だって」
「え……はっ、え⁉︎ あれ本気だったのか⁉︎」
「そのあとも俺ちゃんと伝えたじゃないですか。中学のときに初めて真生先輩に会ったときから想ってたって。高校も真生先輩のこと追いかけてきたんですから」
「そ、そうだったのか⁉︎」
俺を追いかけてこの高校に入ってきたって話は今初めて聞いたぞ⁉︎
高校に入ってから初めて俺と伊澄が会話を交わした電車での一件……伊澄はその出来事をきっかけに俺との距離を縮めていきたいと思っていたらしい。
「俺はずっと真生先輩だけが好きだったんですよ」
「お、お前が本命作らなかった理由ってーー」
「俺の本命は真生先輩だけなんで」
悪戯に笑った顔に、俺は一生敵う気がしない。
