「はぁ……俺も彼女ほしいなぁ」
「透馬……頼むから人のベットで飲み食いするのはやめてくれ」
「俺たちくらいだよ。彼女ナシで男二人寂しい休みの日過ごしてんのさ」
「お前が勝手に来ただけだろ」
休みの日に透馬がこうして俺の家に来るのはいつものこと。
「俺には幼なじみの真生しかいないんだよー。冷たいこと言うな!」
このだる絡みにも、もうだいぶ慣れてきた。
俺の休日は今日も変化なく終わっていく……はずだった。
「おーい、真生くん。スマホ鳴ってんぞ」
「あ、悪い。こっちにもらってーー」
「もしもーし、菅生伊澄くんですかー?」
は……? え、電話の相手伊澄なのか⁉︎
ってか、なんで透馬が勝手に出てるんだよ……!
「今何してるかって? 真生の家でくつろいでるよー」
なんで普通に会話してるんだよ……。俺にかかって来た電話じゃないのか?
「うん、うん。はーい、じゃあ今から送っておくねー」
しかも電話終わってるし。俺はひと言も話せないまま。
「伊澄くん今から真生の家に来るってさ」
「は⁉︎ 今からってなんで⁉︎」
「よし、これで位置情報送れたからオッケー」
少しは俺の声に耳を傾けてくれてもいいんじゃないか?
そして三十分くらいして、家のインターホンが鳴った。
玄関の扉を開けた先にいたのはもちろんーー。
「い、伊澄……」
「真生先輩に会いたすぎて来ちゃいました」
本当に来るとは……。フットワーク軽すぎだろ。
とりあえず俺の部屋に案内すると、透馬が驚いた様子でベッドから起き上がった。
「えっ、伊澄くん来るのはやっ!」
「いくら幼なじみとはいえ、二人っきりなの許せないなーって」
「あれ、もしかして俺お邪魔だったりする?」
「まあ、空気読んでもらえるとありがたいですけど」
「よし、わかった! 今度なんか奢ってくれよな!」
「もちろんです」
二人で勝手に会話を進めてるし、おまけに透馬はなぜかこのタイミングで帰って行くし。
つまり、今ここで伊澄と二人っきり……。
「ここが真生先輩の部屋なんですね」
「あんまり片付けてなくて、散らかっててごめん」
「全然綺麗ですよ。ここ座ってもいいですか?」
「あ、うん。なんか飲み物取ってくるーー」
ベッドを背もたれにしながら、長い腕を伸ばして俺の手を掴んだ。
「先輩も俺の隣座って」
手を握られただけなのに、これだけで思いっきり取り乱しそうになる。
伊澄への気持ちを自覚してから自然に接するのが難しくなって、動揺があからさまに態度に出てしまう。
こんなの好きってバレるの時間の問題じゃないか。
まだこの気持ちを自覚したばかりで、それを伊澄に伝える勇気なんか出てこない。
「っ、……」
伊澄に手を引かれるまま隣に座った。
伊澄と二人っきりなんて、俺の心臓どうにかなっちゃうんじゃないか……? それに、いまだに手は繋がれたまま。
「ずるいじゃないですか。俺以外の男と会ってるなんて」
「透馬は幼なじみだし」
「カンケーないっすよ。距離近すぎだし、あの先輩にも素顔見せちゃってるんですか?」
伊澄の空いてるほうの手が、俺の頬に触れた。
「俺だけがいい……真生先輩のぜんぶ知ってるのは」
今日の伊澄はいつもより積極的で大胆……な気がする。
「俺、結構独占欲強いのわかります?」
「独占欲……っていうのがあんまりよくわからない」
「他の誰にも渡したくないって気持ちですよ」
恥ずかしくて耐えられないと思う反面、この手を離してほしくない、できることなら伊澄と二人の時間が続けばいいのに。
*
「真生先輩眠そうですね」
「ん……昨日課題やってたら寝るの遅くなったから眠い」
「目元見てるだけで結構わかりますよ」
朝は伊澄にあわせて俺が電車の時間を一本遅らせて、一緒に登校するようになった。
まだ伊澄はバイトを続けていて、バイトがない日は放課後一緒に帰ったりしてる。
「ね、あれ伊澄くんじゃない⁉︎」
「ほんとだぁ〜。めちゃイケメンだし背たかっ!」
学校付近を歩いていると、同じ学校の女子たちがみんな伊澄に夢中になってる会話が聞こえてくる。
伊澄は校内に限らず、どこに行ってもとにかく注目を浴びる。
きっと俺の知らないところで声をかけられたりもしてるだろうし……。今はこうして俺の隣に伊澄がいるけど……いつか俺以外の誰かとこうして並んで歩くことだってあるかもしれない。
想像しただけで気持ちが落ち込むのは、伊澄の隣にいるのは自分がいいと思っているから。
いつから俺はこんな欲張りな人間になったんだろう。
「伊澄くんの隣にいるの誰だろ?」
「さぁ? 仲良い友達とか?」
「伊澄くんと友達になれるとか羨ましいし、隣変わってほしい〜!」
伊澄の隣にいると、当然俺にも目が向くことはあるわけで。
周りの目線が気にならないわけではないけど、今はこうして伊澄と過ごす時間を大切にしたいと思う。
そんなふうに思っていた俺に、まさかの出来事が起きた。
別の日、偶然廊下で聞こえた女子たちの会話。
「伊澄くんって彼女いないのかなぁ?」
「だって本命作らないって有名じゃん。それか内緒で付き合ってる美女がいるとか!」
ここでも話題は伊澄のことについて。
「伊澄くんの仲良い人に聞いてみたらそのへん詳しいのかなー」
「仲良いといえばさ、最近伊澄くんとやたら仲良い先輩いない? 名前わかんないけど」
「あー、あのマスクの先輩?」
「そうそう。しょっちゅうその先輩のクラス行ってるらしいよ。しかも伊澄くんから会いに行ってるって噂で聞いた!」
「朝とか一緒に登校してるよね。なんなら帰りも伊澄くんが迎えに行ってるらしいし」
女子たちの情報網すごいな……。
しかも多分これ俺のこと話してるし。
「なんで伊澄くん仲良くしてるんだろ? 正直釣り合ってないっていうか、マスクの先輩が地味すぎてさ」
「わかる〜。モブ感すごいよね」
「伊澄くんがキラキラしてるから余計に悪目立ちしてるっていうか。伊澄くんもなんであんな地味な先輩と絡んでるのか謎だし〜」
「もっと一緒にいる人考えたほうがいいよね。伊澄くん魅力的なのにそこだけが残念〜」
この会話を聞いて、俺はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
返す言葉もない。ぜんぶ図星だから。
周りからどう思われてるかなんて気にしなければいいし、俺は何を言われてもいい……けど。
俺のせいで伊澄が悪く言われるのは正直すごく嫌だ。
伊澄の隣にいるのは自分がいいと思うのは、それは俺の勝手な我儘だ。伊澄が俺をどう思ってるかなんてーー。
あぁ、ダメだ。いろいろ考えたら負のループに落ちていく。
気にしなければいい……そう言い聞かせても、なかなかうまくいかない。
どうしたらいいのかわからなくなった俺は、初めて伊澄からの連絡に返信せず翌朝も電車の時間を早めて一人で登校した。
