神海SIREN暗部界

 伏竜の突然の告白に、オレは涙も嗚咽も一瞬で引っ込んでしまった。
 まるで喉の奥に全部詰まったみたいに、声も出ない。

 「……は?」

 馬鹿みたいに瞬きを繰り返しながら、伏竜の顔を見つめる。

 いや、なんでここで?

 確かに、船で別れるときに「惚れさせる」とかなんとか言ってた気がするけど……。

 だからって、死にかけて生き返ったその第一声が、それなのか?

 混乱しすぎて頭がぐるぐるしてきた!
 そもそも、オレも伏竜も男だし!
 男同士は結婚できないって、姉ちゃんが言ってたし!
 
 一旦、深呼吸をして落ち着こうとするが、心臓のドキドキは止まらない。
 いやいや! これはさっきまでの緊張のせいだ……たぶん!

 オレは混乱を吹っ飛ばすように首をブンブン振りながら、伏竜に向き直った。

 「な、なんだよ伏竜! オマエ、本当に頭でも打ったのか?」

 そう言いながら、オレは伏竜から距離を取った。
 だが、離れようとするオレの腕を伏竜が掴む。

 「ちょ!」

 ぎょっとして声をかけるも、伏竜は上気した頬に蕩けた表情を浮かべ、熱っぽい瞳でオレを見つめていた。

 「伏、竜……?」

 呼びかけに応えたのは伏竜の声ではなく、柔らかな砂浜にオレを押し倒す、アイツの熱い体だった。


 ◆◆◆


 伏竜の長い髪が零れ落ち、オレの頬にひやりと触れる。
 海水で濡れたそれは、火照ったオレの頬に心地よいくらい冷たくて……。
 なのにオレの両腕を押さえつける伏竜の肌から伝わる体温は、熱い程だった。

 「……ちょ、伏竜? オマエ何してんだよ! これどういう状況だよ?」

 オレが、わあわあ騒ぐも、伏竜はオレに馬乗りになったまま妖艶に微笑む。
 そして吐息混じりに名を呼んだ。

 「……墨星」

 あまりの色香に、背筋がゾクゾクする。

 名前を呼ばれただけで、こんな気持ちになることなんてあるのだろうか?

 オレが抵抗しなくなったのを確認したのか、伏竜は両手の戒めを外す。
 そうして伏竜は濡れたスーツを肩からゆっくりと滑らせ、それを砂浜に無造作に放り投げた。
 次に、鍛え抜かれた肌に張りつくシャツを取り去る姿に、オレは何故かボーッと見惚れていた。

 伏竜の顔も声も肉体も、全てがオレを誘惑する前戯のようだ。
 その圧倒的な雄の魅力を前に、抗う術を持ち合わせていなかった。
 そんな伏竜から煽情的に手招きされ、オレは喉の奥から吐息混じりの声が漏れた。

 「伏、竜……」

 月明りの中、上半身を晒す伏竜を前に、オレはうっとりと名を呼んでしまってから、我に返る。

 (だっ、ダメだ! 流されちゃいけない! こんな事してる場合じゃないんだ! オレは、姉ちゃんを……姉ちゃんを捜さないと!)

 後ろ髪を引かれるような想いを抱えながら海に戻ろうとしたオレだったが、浅瀬で、べしゃりと無様に倒れ込んだ。

 「……え?」

 たった少しの水さえあれば、人魚は泳げるはずだった。
 なのに、今、体は水を吸った砂みたいに重くて、オレは海に戻ろうとしても戻れなかった。

 それ所か、尾びれがいつもみたいに動かない。

 壊れた貝のように、ぱかぱかと奇妙な感覚が続いている。
 だから不思議に思ったオレは自分の下半身を見て、絶句した。

 「な……」

 見慣れた尾びれが、見覚えのないニンゲンの足になっていたのだ。

 「……は? はぁああああぁぁぁぁあああああああぁ?」

 しかも一糸纏わぬ姿のまま、伏竜の前で――大開脚している!

 かろうじて張りついていた、水色の鱗が剥がれ落ち、砂の上で転がる。
 その感触に、尾びれが消え去り、代わりにニンゲンの足が現れたことを悟ったオレは、完全にパニックに陥っていた。

 (どうして!? なんでだよ? オレの下半身が、なんでニンゲンになってんだ!)

 しかし、その混乱は更なる刺激で上書きされる。
 伏竜がオレの無防備な足首を掴み、そのまま赤い舌を肌に滑らせたのだ。

 「~~ッッ!」

 甘い電でも走ったみたいに、背筋が弓なりに反り、脳髄が痺れる。

 (な、んだ……これ……?)

 伏竜の目が細められ、楽しげに口角を上げる。
 それから、舌先はさらに執拗に足の甲、足首、そして太ももの内側を愛撫し続けた。

 「アッ……! アァっ!」

 その度にオレの体は水面を跳ねる魚みたいに悶える。
 体の中を熱が駆け巡り、呼吸を求めるように舌をつきだして、ひたすら伏竜から与えられる快楽の海に沈められていた。

 (こんな……ニンゲンの足って、こんなに敏感なんだ……?)

 尾びれの時とは違う感覚。全身が灼けるように熱くなる。伏竜の動きに応じて、自分の腰が勝手に揺れ動くのがわかる。
 無様だ。
 それなのに、伏竜は更に指を這わせ、手の平を使って、オレの足だけじゃなく、尻や腰まで絶妙な力加減で撫でさすってきた。

 「や、あ、あ、ぁ……ッ」

 尻の肉づきを確かめるような動き。押し広げられ、揉まれるたびに、夜気が肌を撫で、露わになった秘所がヒクヒクと反応する。
 恥ずかしい。それなのに、気持ちよさに抗えなくて……頭がぼうっとしてくる。
 まるで自分が自分じゃなくなるみたいな感覚が怖くて、オレは涙を滲ませて懇願していた。

 「フー、……ロン……やめ……て」

 オレは砂浜で身悶えながら、涙目で伏竜を見上げた。
 なのに、伏竜はそんなオレを愛おしそうに見つめ、耳元で囁く。

 「……墨星、愛してる」

 低く、愛欲に染まった声。

 まるでオレ以外は世界に存在していないとでもいうような目。

 そんな風に囁かれて抗えるほど、オレは強くなかった。
 心を掴まれた瞬間、伏竜がオレの唇を奪う。

 「ふッ……うぅン……!」

 熱い舌が絡みつき、どんどん深くもつれるように絡み合ってゆく。
 混ざり合う唾液、貪るような接吻。息をする間もないほどの熱量に、飲み込まれてゆく。

 口の端から飲み込めなかった唾液が伝い落ちたが、それでもオレも伏竜も止まらない。

 止めたくない。

 この瞬間以外のことなんて、どうでもよくなる。そんな甘美で狂おしい感覚に、オレは完全に溺れていた。

 まるで強烈な快楽の呪詛にでもかかったみたいだった。

 「あ、あぁ、伏、竜……」
 「墨星……」

 互いに名前だけを呼び合いながら、何もかもが伏竜の手で制圧されていく。
 指も、舌も、唇も。
 気がつけば、オレの体には伏竜が知らない場所なんてなくなっていた。
 伏竜の指も舌もオレの体をオレより知り尽くそうとしていた。

 「ア……」

 それまでに、オレは何度も果てていた。
 砂浜に顔を伏せ、せめてこのだらしない顔だけは見られたくないと願うので精一杯だ。

 「墨星」

 伏竜の声がひときわ熱を帯びた。オレは、ゆっくりと振り返る。
 伏竜も同じように劣情に蕩けていて、その瞳にはオレの姿だけが映っていた。

 次に何をされるのか、わからない。

 でも直感的に、それがもっと気持ちいいものだと察していた。
 だから、オレは自分でも驚く事に――笑っていたのだ。

 「伏竜……」

 名を呼んだ瞬間、下肢の窄まりに熱く硬いものが押し当てられる。

 「あ……っ」

 びくりと身体が震える。そんな俺を安心させるように、伏竜の長い指が腰を優しく撫でた。
 その仕草がなぜか嬉しくて、俺は彼に身を預けるように力を抜く。
 すると次の瞬間、指とは比べものにならないほどの熱を孕んだ肉の塊が、俺の内側を押し広げながら侵入してきたのだ。

 「ッ……!」

 狭い内壁を容赦なく押し開かれ、思わず背がのけ反る。
 なのに、痛みはわずかに走るだけで、それよりも――俺の身体は悦びに震えていた。
 むしろ、この微かな痛みさえも心地よく感じてしまうほどに。

 伏竜が律動を刻むたび、俺の肉壁は奥深くまで押し込まれた彼の熱に絡みつくように締め上げてしまう。
 その証拠に、伏竜の吐息は熱く、荒く、そして獣のように飢えていた。
 伏竜の腰が打ちつけられる度に、彼の動きはどんどん激しさを増していく。
 その貪るような欲望が俺を更に昂らせ、身体の奥が熱く疼いた。

 「ふ、伏、竜……伏竜……」

 オレが蕩けた声で名前を呼ぶと、伏竜もオレの名前を繰り返した。

 「墨星……、墨星……」

 名を呼ばれながら深く抉られるような甘美な責め苦に、脳髄が痺れてくる。
 オレは羞恥も理性も捨て去ったみたいに、はしたない喘ぎ声を止められなかった。

 「あ、アァッ、あぁあ!」

 伏竜が打ちつける腰の動きに合わせるように自身の脚をすり寄せ、更に彼のモノを奥深くまで咥え込もうとしてしまう。
 抗えない衝動に溺れるオレを伏竜は易々と抱え上げた。

 「あ……」

 振り返って口を開きかけるた瞬間、伏竜の唇が塞いできた。
 くちゅくちゅと淫靡な音が伏竜との口づけの中で掻きたてられる。
 波音すら聞こえなくなるような、彼の吐息と行為の音だけに支配された世界。

 (き、きもち、いい……きもちいい……、こんなに……)

 こんなに気持ちの良い事が、この世にあるのかと思った。

 もうオレには伏竜との交わりの事しか頭になかった。
 ずっとこうしていたい。
 お互いを貪り合う蛇みたいに快楽で繋がって、ぐちゃぐちゃになりたい。

 恐怖も不安も苦痛もない、この満たされた世界に居続けたい。

 そんな風に考えているうちに、伏竜は体位を変え、更に抽挿を深めてゆく。
 オレは伏竜の体の一部になったかのように、彼の求める動きを察して足を開き、奥深くまで昂りを受け入れようとする。

 そんな行為をどれほど繰り返しただろうか。
 体液と海水にまみれた淫らな二匹の獣の交尾の終焉を告げるように、伏竜の動きが激しさを増す。
 オレも高まりの極致を感じ、伏竜の体にしがみついていた。

 「伏竜ッ……!」

 彼の首元のタトゥーに触れても、背中に爪を立てても、アイツは笑ってくれていた。
 それが悦楽の笑みなのか、それとも別の何かなのか……、オレにはわからなかった。
 でも、伏竜を求めるオレの体の最奥に、アイツは熱く迸る劣情を吐き出した。

 それと同時に、オレも何度目かわからないほどの絶頂を迎え、意識を手放す。
 目を閉じる間際、伏竜に抱きかかえられた。

 そうして、額に、目蓋に、唇に……まるで恋人同士がするみたいにキスをされたのだ。