闇オークションに出品された人魚のオレ、落札したマフィアに溺愛されちゃってます!? ~神海SIREN暗部界~

 いつまでも墨星を見ていたい気持ちがあったが、そういうわけにもいかない。
 俺には、つけなければならないケジメがある。
 それから俺は老大に詫びるべく、船室へ戻ろうとした。

 ……が!

 破裂音が響く。船が急激に傾き、体勢を崩しかけた。

 「!」
 すぐさま近くの手すりを掴んで海に落ちることだけは避けた。

 「クソッ! 何だってんだよ!」

 油断すれば海に真っ逆さまの傾きの中、俺は王老大を捜していた。

 「王老大! どこですか! 王老大!」

 乗客がバラバラと海へと落ちてゆく光景が見えた。
 そして鮫に貪り喰われる様も。爆発に巻き込まれて散り散りになる様も。

 これは人為的な爆発だと、俺は瞬時に察した。

 「(クソ……! 朱雀門派か!?)」

 だが、こんな真似をすれば青龍門派との間で抗争が起こるのは馬鹿でもわかる。
 いや、今はそれよりも老大の確認が先だ!

 (何だってんだよ……!)

 しかし船室の何処を見ても老大がいない。

 「王老大! 王老大!」

 もしかしたら、沈んでいない船首に居るのかもしれないと、俺は船首を目指す。

 「王老大! 俺です! 伏竜です! 王老大! 無事ですか!」

 王老大には大きな恩義がある。
 クソガキだった俺を組織の右腕にまで取り立ててくれたのだ。
 剣や術も教えてくれて、実の息子のように育ててくれた。
 墨星の件で裏切ったとはいえ、俺の忠誠は老大のものだ。

 ――そう、思っていたのに……。

 俺の背中から胸を貫いた剣に、俺は硬直する。

 「え……?」

 見覚えのある刃先……王老大のものだった。

 「王……老、大……?」

 俺が振り返ると、そこには見たこともないような醜い表情の王老大が居た。

 「伏竜……! 忌々しい男め! 貴様だけは私を裏切らぬと思っておれば!」

 そう言って老大は指を動かすと、俺の額にあてて「疾!」と叫んだ。
 俺の脳髄と魂に衝撃が走る。

 「ぐあッ!」

 王老大が笑う。

 「大切なものから忘れる捜魂だ! まぁ、鮫のエサになって生きてはいまいだろうがな!」
 「あ……」

 剣を抜かれ、俺の胸に風穴が開く。

 それから俺は老大に振り落とされて夜の海に着水した。
 高所からの衝撃で胸の傷から血が噴き出し、海水に溶ける。
 それを俺は見ているだけしか出来なかった。
 死にかけの腕で、何とか海面に手を伸ばす。

 (嫌……だ……)

 忘れたくない。
 何よりも思ったのは、裏切られた悲しみに染まった老大のことでなく、墨星のことだった。

 (墨星……)

 あの優しさも、馬鹿みてぇに可愛い笑い声も、何一つ忘れたくない。
 命を救われたあの日から、俺の魂は、あいつだけのものだ。
 あいつ以外に愛せないって、魂に刻み込まれているのに。

 でも、忘れたくないと強く思えば思う程、墨星が思いだせなくなってゆく。
 あいつが獲ってきてくれた魚と貝は何だったか?
 それをあいつも食べていたのか、それとも違うのか……?
 昔の大切な思い出が海の泡みたいに消えてゆく中、何かが凄まじいスピードで近づいてきて俺を掴んだ。

 (鮫か……?)

 組織を裏切って、老大にも見捨てられた俺にはお似合いの末路かもしれない。
 最愛の墨星のことを忘れて生きるくらいなら、死んだ方がマシだとすら思った。
 だが、そうじゃなかった。

 「伏竜!」

 墨星だった。
 星みてぇに煌めく瞳で俺を見ている。

 (墨……星……!?)

 これは夢か? それとも幻か?
 俺は出血で応答できないまま、墨星に背負われて陸地へと運ばれた。

 途中で墨星は瓦礫にぶつかったり、鮫を避けたり、必死に俺を守ろうとする。
 その度に墨星の綺麗な体に傷がついた。
 馬鹿野郎、俺のことなんかいいから、逃げろ――そう言いたいのに、もう言葉も出ない。
 意識が朦朧として、体が冷たくなっていた。

 俺は――死ぬんだ。

 嫌でもわかった。
 だから墨星、俺を置いて逃げてくれ。
 手前にまで何かあったら、死んでも死にきれねぇ。

 そう言いたいまま、意識を失ってしばらくの後……。

 口の中に、生温かい血の味がした。

 (……?)

 それから、わんわん泣く墨星の声も。

 (泣く、なよ……)

 目を開けると、星空が目に入る。
 そこは砂浜だった。墨星が号泣している。

 「オ、オレ、オマエが死んじゃったかもって思って……」

 俺が死んだと思って泣いてたらしい。
 墨星は手首から血を流していたが、俺を案じて泣きっぱなしだった。
 愛しさが募る。
 どんどん、こいつとの記憶が消えていっているのに、俺は墨星にまた新たに惚れ直していた。

 こいつが好きだ。
 誰より愛してる。
 だから、記憶が完全に消え去る前に、伝えたかった。

 「……我愛你(愛してる)」と……。