神海SIREN暗部界

 そうして眠りにつく。
 ティグルが用意してくれた宿はベッドも清潔で、ふかふかで気持ちいい。

 なのに……思いだすのは砂浜で伏竜に抱かれた夜のことだった。

 ざらざらの砂浜で。お互い、汗と海水にまみれて。唾液も精液も混ざり合って。
 『愛してる』って連呼されて、伏竜のモノがオレのナカに……。

 「……ッ」

 思いだして、体の芯が熱くなる。
 馬鹿みたいだ。伏竜は記憶を奪われて忘れ去ってるような、どうでもいい思い出なのに。
 オレは思い出して体を疼かせてる。

 またあの快楽を味わいたいって、恥ずかしいことを考えてる。

 「……グス……。ねーちゃぁん……」

 情けなくて涙が出たし、そんな弱い自分に嫌気もさした。
 伏竜の髪や体の香りが鼻腔に染みついてるのも嫌だった。
 忘れられないくらい、気持ちよかったんだって嫌でも教えられる。

 そうしていると、窓から小さな音がして、カラカラと開いた。
 咄嗟に飛び起きる。
 と、そこに立っていたのは鳳雛だった! やっぱり来た!
 オレは備えていたバールのようなものを構える。

 「鳳雛!」
 「やあ! 月が美しくない夜だね★」
 「どうでもいいよそんなこと! ていうか、鍵かけてるのになんで開けてるんだよ!」
 「法修の修仙者は術で鍵を開けられるからね★」

 愉快そうにウィンクする鳳雛にオレはバールを握る手に力を込める。
 伏竜とティグルは修行中だし……と考えて首をブンブン振る。
 他人に頼ってばかりじゃ駄目だ! オレ自身で何とかしないと!
 とりあえず、鳳雛はいっぱいいるから、一人くらい殺しても罪悪感ないかなってオレが残虐な思考になっていると……。

 鳳雛は腰から鞘つきの赤い柄の禍々しいナイフを取り出すと、オレに差し出してきた。
 柄の部分には髪の毛がグルグルに巻きついてる。
 うぇえ……何だこれぇ……。きもちわるっ!
 受け取りたくなくて遠巻きに見ていると、鳳雛が眉を寄せて笑う。

 「そんなに警戒しなくても良いだろうに。これは、おまじないさ」
 「警戒するに決まってるだろ! 何のまじないだよ!」

 オレがいきりたつと、鳳雛はフッと邪悪な笑みを浮かべた。

 「人魚に戻れて、伏竜との縁も切れる、おまじないさ」

 え……?
 思わず聞き入ってしまう。それが鳳雛の罠だってわかってるのに。
 鳳雛は続けた。

 「このナイフで伏竜を殺し、その血を浴びればキミは人魚に戻れる。死が二人を別つのさ」
 「死が、二人を……?」

 突然のことに混乱するオレを他所に、鳳雛はナイフをベッドに置いて、また窓から出て行こうとした。

 「先に玄武門派に送った部下に取り寄せさせたものだ。玄武門派の物品だからね。効果は保証するよ。使うも使わないも、キミ次第だ」
 「じゃあお前を刺したらいいのか?」
 「ちなみに、愛する者以外には刃が通らないし、キミ自身で伏竜を殺さないとイミが無い」

 そん、な……。
 そんなの、嘘に決まってるって言いたいのに、仮に嘘でオレが伏竜を刺して、人魚の呪縛で二人が死んでも鳳雛に得はない。

 あいつは生きた状態のオレを欲しがってるからだ。

 (伏竜を……殺す……?)

 オレのことを忘れて、強引で冷たくて、ムリヤリ双修までしようとした奴……。

 そんな伏竜の胸にこのナイフを突き立てて、血飛沫を浴びる自分を想像して首を振る。

 いやいやいや! だからって伏竜を殺していいわけないじゃん!
 そんな、殺されるようなこと、伏竜してるわけじゃないし!

 そうしていると、ドアが叩かれた。

 「鳳雛! 手前、何してやがる!」
 「フォンチュ! モーシンにナニかしたら、ユルサナイ!」

 伏竜とティグルの声だ! 鳳雛の声がオレの部屋からしたから、二人が駆けつけたらしい。
 ドアを吹っ飛ばす勢いで体当たりしてる!

 それを聞いた鳳雛は「それでは、おやすみ★」と、軽やかに窓から去って行く。
 ……と同時にドアの蝶番が壊れて伏竜とティグルが、なだれこんできた。

 「墨星!」
 「モーシン、無事カ?」

 オレは咄嗟にナイフを背中に隠していた。
 そのやましさから、目が泳いでいたらしい。
 怖がってると思われたのか、ティグルに抱きしめられた。ふガ!
 胸板に、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて呼吸が苦しい! ティグルが告げる。

 「モーシン、もうフォンチュ、殺すカ?」

 いや、殺してもアイツ、いっぱいいるし……とティグルの背中を撫でて落ち着かせていると、伏竜がティグルの肩を掴んでオレから剥がす。
 そして舌打ちしていた。感じ悪ッ!

 「大の男が鳳雛一匹にピーピー喚いてんじゃねぇ」
 喚いてないだろ! しかも伏竜は目ざとく、オレの背後のナイフに気づいた。
 ナイフを指さしてくる。

 「……何だよ、そのシュミの悪い得物は」
 「これ、は……」
 オレはナイフを握りしめる。